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日本一の米、豊かな緑。里山の魅力を感じる新潟・南魚沼のホテル〈里山十帖〉

その土地での滞在を楽しむために、わざわざいきたくなる宿。旅の手段ではなく、旅の目的となるようなホテルへ。

Photo: Yoichiro Onoda / Text: Rie Nishikawa

自分で体験し発見する
里山ならではの自然派滞在

「里山の風景と、今では手に入らない総ケヤキ造りの古民家が気に入って、廃業間近の旅館を引き継ぎました」とオーナーの岩佐十良さん。雑誌の編集長でありながら、農業を学ぶために東京から新潟に移住して8年目のことだった。そもそも旅館がやりたかったわけでも、レストランを始めたかったわけでもなかったという。

新潟の中でも屈指の米どころ、南魚沼の豊かな自然の中に位置する〈里山十帖〉は、6500平米の敷地の中に12室の客室を有する温泉宿である。総ケヤキ、総漆塗りという豪奢な古民家を中心に5棟の建物からなる旅館を改装し、2014年にオープンした。

新潟県〈里山十帖〉レセプション胸
緑あふれる里山の中に位置する〈里山十帖〉。ほのかに明かりが灯るレセプション棟は築150年の古民家をリノベーションしたもの。近くにはホタルのいる棚田がある。

「今ある建物をどう最大限に生かせばいいのかを考えました。現在、レセプション棟にしている古民家は天井高10mもの吹き抜けに太い梁と柱が縦横に走り、とても美しかったのですが、空調設備が何もなく、暖房さえも付いていませんでした。とにかく寒くて、冬の間は使っていない建物でした。それらを快適にすることが、私たちの一番の課題だったのです」

隙間だらけの建物を徹底的に断熱。古民家再生では初のエアサイクルという仕組みを採用し、天井に集まった温かい空気を床下に循環させることで高断熱化に成功した。床材の杉板がほのかに温まり、冬でも裸足で歩けるほどだ。内装も漆喰を塗り直して建具も入れ替えた。また宿泊棟や温泉棟も大幅に手を加えて、できるだけ無垢の木や天然素材を使った空間へとリノベーションしている。

「快適さに通じるかもしれませんが、音にもこだわりました。里山ならではの静けさを楽しんでいただけるように、エアコンやファンなどの音が聞こえないように工夫してあります」

新潟県〈里山十帖〉建物内 彫刻家・大平龍一の作品
レセプションは高さ10mの吹き抜け。冬には4mにもなるという豪雪に耐えてきた梁と柱が印象的だ。左手には彫刻家・大平龍一の作品が鎮座する。

新潟の伝統野菜と
南魚沼産コシヒカリと

驚くべきはお米のおいしさ。農業を学ぶために新潟へと移住した岩佐さんだからこそのこだわりがある。

「夕食は日本一のコシヒカリと呼ばれる甘味と香りの強い南魚沼・塩沢の米、朝食はやさしい甘味があり、モチモチ感の楽しめる六日町のものを使っています。米は雪室に保管し、使う量だけを精米して低温倉庫へ。さらに炊くまでの間の保管にも気をつけます。ちょっとした気温差でも米の水分量が変わり、味が変化してしまうんです」

夕食のご飯はテーブルごとに土鍋で炊き上げる。完全に炊き上がる前の「煮えばな」でご飯のアルデンテを楽しんでから、蒸らしてつやつや、ピカピカのご飯になるのだ。このご飯に合わせるのは日本の伝統的な食文化をテーマに、無農薬・有機栽培の野菜や山菜を中心に肉と魚を少しずつ。

ミシュランガイド関西の3ツ星店で修業したフードクリエイターと、インドでアーユルヴェーダを学んだシェフがオーガニック&デトックスな野菜の料理を提供してくれる。

「素材に手をかけすぎることはしません。調味料はすべて天然醸造、無添加のもので、味噌や漬物は自家製を使います。素材の繊細な味わいを生かすために、料理自体は少し地味に見えるかもしれません。醤油、みりん、味噌で少し香りと味をつけて、伝統的な調理方法で仕上げます。甘味は甘酒、麹、みりん、必要な場合は和三盆をほんの少し使っていますね」

米だけでなく、新潟にはさまざまな伝統的な食材が豊富に揃う。
「今がシーズンのナスは23種類もの固有種があるんです。茶豆や焼畑農法で作る赤カブなど、珍しいものも。また新潟産の短角牛など、野菜以外の食材も使っています。一般には流通していないこれらの食材は、地域と連携して取り入れるようにしました」

散歩もアクティビティ
里山の遊び方

宿の向かいに畑、隣にはホタルのいる棚田、5分歩くだけでサンショウウオのいる沼やそのまま水が飲める小さな滝など、人工物が何もないそのままの自然を楽しむことができる。

「ほぼ毎日、裏山おさんぽツアーを開催しています。夏は自然散策のハイキングや川あそび、冬にはスノーシューを履いて、付近の雪山を探索。春は山菜採りがメインで、十数種類の山菜を探すことができるんですよ。私も時々ガイドとして参加しています」

また最近スタートして人気なのが、早朝マウンテンバイクツアー。山の中腹まで車で移動し、いくつかある絶景ポイントから棚田ライドでダウンヒル。運が良ければ山頂で雲海を眺められる。同じ場所でも季節によって、そして毎日でも風景が変わっていくのだそう。自然の中での早朝ヨガなど、今後も新たなアクティビティを計画中だ。

ここ里山十帖は、美食を謳う旅館や、サービスを誇るホテルではない。

「どんなに雑誌やウェブサイトでもののよさを紹介しても、実際に見て、聞いて、座って、食べること以上に伝えられることはありません。宿はお客様の約20時間を半ば強制的に拘束します。滞在していただいた間に、私たちが用意したものの中から一つでもインスピレーションを得てもらいたいと考えています」

古民家と共存する、室内に配された世界を代表するデザイナー家具、現代アート、日本一の米と伝統野菜、そして里山……。ほかにはない楽しみ方がここにはあるのだ。

「私たちから特別に説明はしません。たくさんの引き出しから何かを感じてもらいたい。自分で体験して発見することが、本当の贅沢なのではないかと思うのです」

新潟県〈里山十帖〉オーナー・岩佐さん

アクセス:JR大沢駅から車で5分。越後湯沢駅から車で20分、定額タクシー(予約制)も。
周辺情報:上越国際スキー場まで車で2分。越後妻有アートトリエンナーレ会場まですぐ。
土産:併設のライフスタイルショップでは米や自家製味噌のほか、デザイン家具なども。