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サンドイッチを買って公園へ。文・渋谷直角

サンドイッチの名店は、駅からちょっと離れた気持ちいい公園の近くにある。そう教えてくれたのは、あの女性だった。コラムニスト・渋谷直角による妄想ショート・エッセイ。

photo: Yuko Moriyama / text: Chokkaku Shibuya / data: Aya Shigenobu

シモンは僕に、
いつも嘘をつく。

シモンというあだ名の女性とは、ある展覧会のレセプションで出会った。積極的に話しかけられ、連絡先を交換し、たまに食事をする。翻訳の仕事をしているという。

彼女の話は面白い。帰国子女で、売れる前のジョン・レジェンドとパブでケンカしたとか、夜中にバンクシーとドライブして作品を設置したとか。しかし、周りではシモンはホラ吹きだ、と敬遠されている。ライアン・ゴズリングと親友だった、という彼女の話を真に受け、来日時にそのことを聞いて大恥をかいた女性評論家の怒りを買い、シモンは業界で“ハブ”にされたとか。胸元を開けた服と眠そうな目も、同性から好かれにくいようだ。

三田で取材の帰り道、シモンと偶然会った。お昼つきあって、と強引に誘われる。〈プレイスインザサン〉というサンドイッチ屋に行った。カウンターが大きな厨房になっていて、天井が高く抜けがよい。店主は以前デザイナーだったらしく、すべてに気が利いていて、洒落た店だ。公園で食べようとシモンが言う。

芝公園は名の通り、芝生の緑が眩しく、巨大な東京タワーが眼前に広がる。セントラル・パークに似てない?大好きなの、ここ、とシモン。ベンチに腰掛け、お互いのサンドイッチを半分ずつ分けた。野菜サンドは隠し味に梅干しが入っていて、酸味がアクセントとなって美味しい。風が吹くと、気持ちいいねとシモンが笑って、歌い出した。あだ名の由来である、ニーナ・シモンの曲だ。

歌声は普段の声より低く、哀しい響きに聴こえる。でも悪くない。シモンのホラも、サンドイッチの梅干しと一緒だ。相手に愉しんでもらおうという小さなアクセント。なぜそんなクセがついたのかは知らないし、彼女が帰国した理由を決して喋らないのも、何か関係があるのかもしれない。そんなことを考えていると、シモンが歌うのをやめ、僕に微笑んだ。

知ってた?私、貴方が好きなの。

彼女はいつも、
テキトウな散歩が好き。

用賀の駅前で、つむじがサンドイッチ屋さんに寄る、と言った。「つむじ」というのは彼女が小さい頃に、つむじが4個もあったからだが、本人も「響きが可愛い」と気に入って、そのまま愛称となった。誰とでも仲が良く、いつも遊んでいる。この日も祖師谷大蔵で数人の飲み会の約束だったが、その前にテキトウな何かを食べたい、と言い出した。つむじといると、よくあることだ。

アンディー〉は、世田谷通りに面した小さな店だ。ドアを開けるとすぐにカウンター。2階にイートインがあるが、そこも6畳程の小ぶりな部屋。かわいらしいサイズ感。飲み会までガマンするつもりだったが、つむじがあんバターという甘そうなサンドイッチを頼むのを見て、僕もついバインミーを注文。パクチーをたくさん入れてくれて嬉しい。

砧公園で食べよう、というつむじの案に賛成した。少し陽が落ちて、涼しくなったからだ。砧は広い。「良い場所を」なんて考え出すといつまで経っても終わらない。大きな原っぱに出たので、そこで地べたに座る。食べながら、「私もあんなお店がやりたいな」とつむじ。彼女は笹塚でビストロの店員をしているが、「なんかテキトウな料理を、テキトウに出す店」をやるのが夢らしい。

つむじは「テキトウ」が口癖で、すぐ「テキトウでいいよ」と言う。恋愛もテキトウに付き合っては別れてしまう。「みんな、テキトウはイヤだと思うから悩むんだよ」などとサラッと言うので、女友達はみんな、彼女に相談するのをやめた。つむじがサンドイッチ好きなのも「テキトウに食べれるから」。達観しているのかダラシないのか?でも、つむじと一緒にいるのは楽しい。

飲み会の集合時間はとっくに過ぎたが、彼女はまだ、美味しい美味しいと食べている。一時は僕も、つむじのことが好きだった。告白しそびれて、テキトウな飲み友達になってしまったけれど、それもいい。

セミの声と風の音が、
ふたりを不穏な空気にした。

阿佐ヶ谷でランチマと待ち合わせた。彼女は千麻という名だが、学生時代〈ハリウッドランチマーケット〉の服ばかり着ていたので、ついたあだ名だ。でも最近は“ランチ魔”が由来だ、と思われているらしい。

「面白い店を見つけたんだよ」。確かに彼女は、毎日美味しい店を探してはインスタグラムに上げる。ポストは八千を越えているから、尋常じゃない。「尋常じゃない人」を、僕は尊敬してしまう。一般的な価値観と関係なく、自分の幸福を追求しているから。

駅からだいぶ歩いた通りに、ピンクの外観が見える。〈ソンカ〉という店。看板に「フランスパンと、ジャムとジャズ。」と明朝体で書かれている。店内は白壁に木。一瞬「ほっこり」系に見えるが、よく見るとファーサイドというラップ・グループのレコードやラジカセ、MUROのテープなどが飾られている。店主は元々音楽をやっていて、店内のジャズは元ネタやレアグルーヴをきっかけに愛好していたそうだ。なのに、客層はヒップホップと無縁そうなお子さん連れや老夫婦ばかり。

フランスパン専門で、サンドイッチもバゲットのみ。確かに面白い店だ。ビールも買って、近くの善福寺川緑地へ行く。交通公園という場所があって、子供サイズの横断歩道や信号機、道路標識など、ミニチュアの街のようになっている。煉瓦作りの小さな東京駅もあり、梯子で2階に上った。インスタの撮影後、ふたりは無言で食べ出した。焼きそばサンドは、バゲットの堅さが心地よく、新鮮な食感。

僕は、なぜランチマが突然自分を誘ったのか考えていた。旦那と上手くいってないらしい、とも噂で聞く。実は彼女とは学生時代、一度だけキスをした。あらぬ予感に、緊張してしまう。『週刊文春』の表紙が脳裏に浮かんだ。ランチマは僕のほうを向いて、ゴメン、と言う。「旦那が、私のせいで30キロも太っちゃったの。もう連れていけなくて」。