3人が再会を果たしたのは、『サンクチュアリ −聖域−』で相撲指導と監修を務めた元大相撲力士の維新力浩司さんが営む〈どりんくばぁー『維新力の店』〉。店に入るや否や、江口監督と固い握手を交わした一ノ瀬さん。彼の瞳にみるみる溢れ出る涙が、本作の過酷さ、そしてアツさを物語っている。まずは2人の対談が始まった。
一ノ瀬ワタル
いやぁマジで、やばいっす。ちょっと監督に俺を見てもらうのが怖かったというか。
江口カン
撮影後にちゃんと会うのは初めてだね。本当に、お疲れさまでした。
一ノ瀬
今回、主役の猿桜という役をやらせていただきましたが、もう後半は芝居してる感覚がなくなってたんですよ。撮影がアップした時は、今後、ほかの役を演じられないかもしれないってくらい、芝居を根底から覆されたんですよね。
江口
『サンクチュアリ』は、ワタルと猿桜の一体化作戦だったからね。
一ノ瀬
撮影に入る前の半年くらい毎日監督とSNSのやりとりしてましたよね。
江口
今日はこのシーンのここからここまでのセリフを自撮りして、ムービーで送ってくれって。
一ノ瀬
監督からの宿題、マジできつかったです。送ってはダメ出し、送ってはダメ出しの連続。でも、飴とムチもすごかったですね、ほんと。
江口
飴なんか、あったっけ?(笑)
一ノ瀬
ムチが激しいからたまに褒められた時の飴がすっごく甘いんですよ。撮影中は、本当にもうこのくそ親父!と思ってたけど、オールアップした時は、もう監督への愛がすごかったですね。
江口
思い返すと、部活っぽかったよね。
一ノ瀬
部活の練習中って、もう来ないでくれよ、みたいに本当に監督のこと嫌いになるじゃないですか。みんなで監督の暗殺計画を練るくらい。でも終わってみるとすごい好きになっていて、卒業しても会いに行ったりする。江口監督も、まさにその感覚ですね。だから俺、撮影終わってから監督に手紙書きましたよね。
江口
その手紙が、なんかもう熱すぎて。俺も返事を書きかけたんだけど、これに見合う返事が書けなくて……ごめん、ってLINE返したんだよね。まあやっと、俺の愛に気づいたかっちゅうことかな。
マジでえげつない相撲稽古
江口
撮影中、ワタルは事あるごとに泣いてたよね。
一ノ瀬
オールアップの時はやばかったですね。ほかのシーンはすべて撮り終わって、最後に一人残って、小指で腕立て伏せするところを撮ったんですよね。
江口
猿桜が本気で相撲に打ち込み始めて、ほんとにコイツ変わったな、っていうのが背中から伝わる重要なシーン。あそこだけは、体をバキバキに鍛えてカッコよくしたかったので、すべての撮影が終わってから、さらに3ヵ月間体を鍛えてもらって臨んだんだよね。
もうそのカットの撮影に入る前から、ううううって言いだしたから、「違うこと考えろ!」「まだまだ終わらんぞ!」って活入れて。その涙をこらえる表情が良かったよね。
一ノ瀬
本当ですか?嬉しいです。
江口
カットの声がかかった瞬間、人間の鼻からあんなに大量の水が出るのかってくらい鼻水がズボーンって出て。
一ノ瀬
それまで溜めてたものが一気に出て、いやぁ、ヤバかったですよね。
江口
国技会館の撮影が終わった時もめちゃくちゃ泣いてたよね。
一ノ瀬
あれだけずっと長く過ごした国技会館が取り壊されてしまう寂しさもあって、セットの前に行ったらもう涙が止まらなくなって。
でも実は、あの頃って監督のことがすごく怖かった時期で。めちゃくちゃ近寄り難かったんです。けど、撮り終わった時に監督にパンッて背中を叩かれて。あの叩きで、さらにうわっと込み上げちゃって。やっと一つ認められた、みたいな。
江口
それで言うと、俺の中でもワタルとの距離感は近づけすぎちゃいけないと思っていて。本当は一緒に笑いたい時もあったよ。
だからあの時も、土俵にめちゃくちゃキスして泣きまくってるワタルを見て、もっとグッと近づきたかったんだけど、これぐらいしかできないなっていう精いっぱいのパンッだったよね。
一ノ瀬
いやぁ、そうだったんですね。猿桜にとっての相撲=一ノ瀬ワタルにとっての江口監督だったので。撮影中は本当に嫌いだったし、撮影が終わって毎日稽古とかも、マジでふざけんなくらいの感じだったんです。
でも、そこにしか勝機がない。辛いけど稽古は裏切らない。それを最初から最後まで見守ってくれたのが、やっぱり江口監督だったので。もちろんカメラマンやほかのスタッフの方もずっと一緒だったんですけど、監督がずっと俺の心の中にいましたね。
江口
まぁでも、厳しい日々だったよね。ワタルは根性あったと思うよ。
一ノ瀬
相撲の稽古に関しては、それこそ、ここのマスターの維新力さんがえげつなかったですから。物腰は柔らかいんですが、相撲となると鬼の形相。
でも自分みたいな無名の俳優がどうやったら座長としてみんなの前に立てるのか、すごく考えたんです。コロナ禍があり、お金もないから、みんなを飲みに連れていくこともできない。じゃあ何ができるかと考えたら、自分が一番稽古を頑張るしかないと。
一人一人腰を落として前の力士のまわしをつかんで土俵の周りを行列で歩くムカデの稽古というのがあって。一番前は丸太を抱える辛いポジションで、誰が前をやるってなるんですけど、俺が行く!って、絶対譲らなかったですね。
江口
映画の現場の話とは思えないね(笑)。見てて面白かったのが、2年半も一緒にいるとヒエラルキーみたいなものもできてきて。
中には稽古をサボるやつとか、俺もうついていけないって脱落しそうになるやつも出てくるんだけど、そいつを飲みに連れていって「お前は才能すげえから、やめんなよ!」みたいに励ましたり、部屋内の揉め事を部屋の力士同士で話し合って解決するようになって。
俺が考えた一体化作戦は、ワタルだけじゃなくて、結果、猿将部屋の力士全体の一体化になっていった。
一ノ瀬
確かに、色々ありましたね。部屋の絆はすごかったですね。
世界中が注目、続編の行方
ここから、脚本家の金沢知樹さんも合流。話題は、誰もが気になる続編へと。
江口
金ちゃんの口から最初に「相撲」のワードが出たけど、ぶっちゃけ、いつ思いついたの?
金沢知樹
最初Netflixの担当の方に「遊びに来ませんか?」くらいの感覚で呼ばれたので、全然用意してなかったんですよ。でも、何やりたい?って突然言われて、その場で思いついたのが、相撲版の白い巨塔。どちらかというと親方同士の権力争いみたいなイメージでしたね。
江口
その場にいた全員が、これは面白くなる!とピンときた感じはあったけど、正直この企画が本当に成立するとは思ってなかったんだよね。
金沢
でも企画が動きだしたら脚本家は第1走者。自分ができないと思ったら無理なので、絶対に成立するんだ!と、だいぶ自分にマインドコントロールかけて書き上げた。これが僕にとっての『サンクチュアリ』の一番の思い出ですね。
一ノ瀬
これまでの取材でも、とにかく続編についてすごく聞かれるんです。
江口
次どうすんだ⁉って話ですよね。まぁ、いろいろ難しいとは思うけど……。
金沢
監督とも話してるんだけど、そもそも続編ありきの脚本ではなかったし、続編を見せることがすべてでもないな、とも。
続編を作ってくれないなんて裏切りだぜ、みたいな声はどこへ行っても聞きましたが、不思議なもので、時間が経つにつれて、最近はむしろあれがいいと思う、みたいな人も増えてきてるんだよね。
全8話できちんと完結してみせた監督の演出はやっぱりさすがだなと思ったし、ラストシーンを見た時の、うわすげえな!っていう感動がすべてですよね。とはいえ、僕の中には妄想としての結末はできてるんですけどね。
一ノ瀬
聞きたい!!でも、妄想だし、聞かない方が幸せかなぁ……。僕自身もめちゃくちゃ続編はやりたい。己の中の猿桜が、出せ!出せ!って今でも絶叫してるんですよ。