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食の都で知る、料理の未来図

食べること、飲むことが好きな人ならば、誰もが一度は訪れたい、ヨーロッパ随一の飲兵衛横丁、スペイン・バスク地方の町、サン・セバスティアン。10月の初頭、東京で「ミシュランガイド東京2025」が発表になった数日前に、彼の地では「サン・セバスティアン・ガストロノミカ」、通称“サン・セバスティアン料理会議”が開催され、世界中からレストラン、食材、飲料業界の関係者やフードジャーナリストが集結した。

text: BRUTUS

第26回を迎える今年のテーマは「サン・セバスティアン、開かれた都市」。目玉は、毎年、世界各地から招かれたスターシェフたちによって行われるプレゼンテーション。シェフたちが舞台の上で、自分たちの料理やその背景にある物語をプレゼンし、数皿を調理し、オーディエンスに、そのうち一皿が提供される。

2024年のプレゼンテーションは、そのテーマ通り、これからの世界のレストランのあり方を予見させる、多様なシェフたちのラインナップだった。

〈アサドール・エチュバリ〉のビクトル・アルギンソニス、〈エル・セジェール・デ・カン・ロカ〉のホアン・ロカ、〈ムガリッツ〉のアンドーニ・ルイス・アドゥリス……。地元スペイン・レストランの伝説的なオーナーシェフたちに交じって、初日に登場したのは、念願の3つ星を獲得し、2024年の「世界のベストレストラン」で1位に輝いた、〈ディスフルタール〉の3人のシェフ。〈エル・ブジ〉出身の彼らは、モラキュラー(分子)料理のテクニックを、気前よく開示していく。オーディエンスにいた料理学生たちは、目を輝かせて聞き入る。

ドイツ・ベルリンの2つ星レストラン、〈ホヴァース〉のシェフ、セバスティアン・フランクは、ミシュランの星を獲得後の2014年に肉と魚を使うのをやめたという。代わりに、未知の食材を使うよりも、既知の食材の探求をすることにした。例えば、百合根を1年乾燥させる。すると、殻の中から核が出てくるので、それを食材として調理するというように。2016年から食材と生産者のための持続可能で責任のあるケアをするNPOの創設者として活動している。

セバスティアン・フランクが、一年間乾燥させた百合根を開け、中の核を見せる。
セバスティアン・フランクが、1年間乾燥させた百合根を割り、中の核を見せる。

3日間に及ぶ会議のハイライトともいえたのは、ペルーの〈セントラル〉から参加したヴィルヒリオ・マルティネスとピア・レオン夫妻。文化人類学者と協業し土地の起源を皿に表現する。また料理のひと皿の中に同じ高度の食材を使用し、そこで生きる生物に関係する食材を使う。近隣の幼稚園の食育や文化、環境の教育活動にも参画する二人は、もはやレストラン経営者の領域を超えて活躍している。

イタリア、フィレンツェの〈グッチ・オステリア・ダ・マッシモ・ボットゥーラ〉のカリーメ・ロペスシェフはメキシコ人。2018年のオープン時にマッシモ・ボットゥーラに店を任されて以来、日本人の夫、紺藤敬彦さんとともに店を切り盛りしている。スペインの〈ムガリッツ〉、日本の〈龍吟〉、ペルーの〈セントラル〉などでの修業経験を持つ彼女は、メキシコ人として初めてミシュランの星を獲得した。“イタリア料理”のシェフとして。多くのベテランシェフたちが「ローカル」「ノスタルジー」などについて語る一方で、彼女のトークテーマは「移民として」。マンマの味ではないイタリア料理をどのように昇華させるか、それが日々のチャレンジだという。

2024年のゲストカントリーだったポルトガルからは、数名のシェフが参加していた。現れたのは、食材についての新しい可能性を追求するシェフだった。

ポルティマォンの1つ星、〈ヴィスタ〉のジョアン・オリヴィエは2015〜16年に24時間7日間働き続けた結果、体に異常を来してしまった。熟考の末、パン以外に使用する食材を、グルテンフリー、ラクトース(乳糖)フリーにすることにした。バターも植物性にしたが、2017年にはミシュランスターを獲得する。そして、世界中のシェフたちが苦境に立たされたパンデミック期間に、彼は、その知識を深めていったと言う。

彼がオーディエンスに提供したひと皿は、カリフラワーのタコ焼きだった。

シカゴのウクライナ人街にある33席のレストラン〈カサマ〉は、タガログ語で“together”を意味する、1つ星のフィリピン料理レストラン。ティム・フローレスとジニー・クォンは、朝はサンドイッチやライスプレートを、夜はテイスティングメニュー(コース料理)を出す。フィリピンという歴史的にスペインやメキシコ、中国の交易による影響を受けた土地の折衷的な料理を提供している。

2020年に店を開けた当初は、テイスティングメニューを出すつもりはなかったが、コロナ禍を経て、従業員たちの生活を確保するために客単価の高いコースを出すに至ったのだという。今では、フィリピン料理で唯一、ミシュランで星を受けたレストランだ。

自身のバックグラウンドを武器にして、唯一無二の食体験を提供する世界のレストランのシェフたち。現代のシェフたちは、世界中を旅して様々な食材や調理法に触れている。昨今では、日本料理の厨房に、外国人シェフが研修にきている光景も、しばしば見られる。

この会議でも、ダシやコンブ、ウマミといった単語は世界中のシェフの共通言語として、もはや当たり前に使われていて、日本食の料理法法を世界のシェフたちが取り入れていることがわかった。地元の食材を使用しながら、各国で学んだ技法を採り入れ、皿の上で表現される世界は、ますます自由になっているようだ。

他方、世界のシェフたちは、気候変動による食材の調達の難しさに対峙し、環境負荷や、アレルギーなどの各顧客の体質や宗教などへの配慮を求められ、考慮しなければならないことには枚挙にいとまがない。これから起こりうる問題に対する解決策を、先回りをして考え、実践するシェフもいる。

サン・セバスチャン・ガストロノミカは、世界中のシェフの施策を通して、世界の食の今後を、ひと足先に体験できる、料理の未来図を見せてくれるイベントだった。