第二十八回「死の瞬間」
ある夕方、Mさんは小学生の娘と一緒に下校ルートを歩いていた。住宅街の中に商店が並ぶのんびりとした旧道を行きながら、2人はその日あった出来事を話していたが、ふと娘が民家の前で足を止めた。そこは昔ながらの看板がいくつも掛かったたばこ屋で、家の一角が額のように張り出したカウンターになっており、そこに付いた窓からたばこを買えるようだった。
その日は休業日だったのかシャッターが下りていたが、娘はカウンターに向けて両手を合わせ、黙り込んでなにやらじっと拝んでいる。なにをしているのかと訳を尋ねても「なんとなく」と答える。そして、その後どう聞き方を変えても手を合わせた理由について語ろうとはしなかった。
娘の行動がどうしても気になったMさんは後日一人でたばこ屋を訪ねた。奥から現れた高齢の女性は、Mさんの話を聞いて目を丸くした。つい先日、店主の男性が亡くなったのだという。
もしかして、と日付を確認し合うと、男性が息を引き取ったのは、あの日の娘が合掌したちょうど同じ時刻だった。「最後はあそこに敷いた布団で寝ていてね」。女性は奥の部屋を指差した。そこは、娘が手を合わせていた場所のちょうど直線上にあった。