第二十七回「ずっと」
部活動の遠征に出向いたのはミカさんが高校1年生の時だった。終日行われた練習を終えて向かったのは学校が管理する大きな寮で、夕食のあと部員たちの一部は食堂に残り、束の間の自由時間を過ごしていた。
数人のグループでおしゃべりをしていた時、ミカさんは賑やかな談笑の中に異質な声が交じっていることに気がついた。幼い子供が咽(むせ)び泣くような声だ。
会話をやめて耳を澄ましたミカさんは、それが誰もいない食堂の片隅から聞こえてくることに気がついた。
何度も同じ言葉を繰り返している。「おかあさんたすけて。おかあさんたすけて」ミカさんは慄(おのの)きながらそこを指さして異常事態を訴えたが、友人たちはキョトンとするばかりで誰も気づく様子がない。
自分にしか聞こえていないのだと気づいたミカさんは、その夜を震えながら過ごした。
それから2年が経った頃、ある話が耳に入った。遠征で寮に泊まった後輩が食堂でパニックを起こしたのだという。
「お母さん助けてって声がする」。一人の1年生が突然そう言いだした。彼女は同じ体験をした上級生がいることを知らないまま、ミカさんが指さしたのと寸分狂わず同じ場所を指さしていたという。