第九回「かご」
フードデリバリーのアルバイトをしていたMが深夜に訪れたのは、町外れにある古いマンションだった。商品を抱えてエレベーターで9階へ上り、注文主へ届けると、すぐに引き返して1階へと向かう。
エレベーターが動き始めたころ、Mはふと背後にそわそわとした違和感を覚えた。しかし、振り向いても布張りの壁しかない。それに、ここには自分ひとりきりだ。ふと視線を上に向けると、天井の隅に設置された監視カメラが目に入った。
そのとき、なぜかあるイメージが強烈に浮かんできた。見知らぬ中年女性の顔だ。目をきゅっと細めて笑いながら、色の白い顔を横に傾けている。ああ、僕は少し疲れているのかもな。そう思いながらエレベーターを降りる。エレベーターホールには住人と思(おぼ)しき女性が待っていたので、軽く会釈をしてマンションを出た。
その瞬間、Mははっとした。振り返ると、ガラス扉の奥に、先ほどの女性の後ろ姿が見えた。女性は微動だにせず、ただ壁に設置されたモニターを首を傾けながら眺めている。
その画面には、エレベーターの様子がリアルタイムで映っていた。Mは気がついた。自分はさっき、監視カメラ越しに目が合ったのだ。あの女性と。