第七回「束縛」
Iさんが友人と待ち合わせたのは渋谷の外れだった。大学を卒業して以来数年ぶりの友人は、明るく振る舞いながらもどこか疲れた様子で、映画や食事の途中でも頻繁にため息をついていた。向かい合って座ったカフェで、Iさんは「なにかあった?」と訊ねてみた。「ごめん、実は彼氏が」。友人は潰れそうな声で語り出した。
ひどい話だった。時間も自由も精神も、彼女の尊厳はほとんど奪い尽くされていた。耳を傾けているうちに、Iさんはふと視界に違和感を覚えた。
はじめは、なにかの見間違いかと思った。友人の周りを黒い煤のようなものがいくつも舞っている。目を凝らしてよく見ると、それは文字だった。筆で書いたような梵字だ。友人が話せば話すほどにどこからか次々と湧いてくる。
ところが、友人の目の前を飛んでいても、彼女はまったく気付く素振りがない。「ごめん、頭痛い」。友人はこめかみを押さえて押し黙った。文字は消え、彼女は深いため息をついた。
その時、電話が鳴った。「本当にごめん。今から彼氏が来る。帰らなきゃ」。迎えに来た男は挨拶もそこそこに友人を連れて行った。彼女の背中を押す男の手の甲には、梵字の刺青がびっしりと入っていた。