愛読書のメモ書きや付箋に、坂本龍一の面影を感じる
本を捨てるのではなくて、どこかに集めて、いろいろな人が閲覧できる、持っていかれちゃうといけないんで、共有できる空間を作ろうと考えたんです。うちに置いておかなくても、僕がまた読みたくなったら、その場所に行けばいい」とは、かつて坂本龍一が語った〈坂本図書〉についての言葉。彼の蔵書を集める図書館として生前から準備が進み、2023年に開館したその場所へ向かった。
といっても、所在地は非公開。ウェブで入室予約をして得た住所をあてに訪れると、味わいある錆(さ)びついた扉が待ち受けていた。
入って右手のカウンターで荷物を預け、〈坂本図書〉での過ごし方のルールが書かれている「代本板」を借りる。名前の通り「本の代わりの板」で、本棚から本を取り出す時、代わりにこの板を差し込み、元に戻す時の目印として使用するのだ。
蔵書は和書と洋書で大きく分かれ、それぞれ哲学、文学、歴史、言語、芸術・美術などジャンルごとに分類され並ぶ。棚をつぶさに見ていくと、ルソーやニーチェの分厚い思想・哲学書から、夏目漱石全集、大江健三郎の単行本、大型の絵本『マップス』など幅広いラインナップ。往復書簡の本や対談本を共に作った作家・村上龍の著書が差してあるのを眺めていると、背表紙を通して人物相関図が浮かび上がってくるようでもある。
本を開けば、付箋が付いているものあり、『家庭でできる自然療法』のようにページの端が折られているものがあったり、『仏教音楽』に至ってはメモ書きが残されていたりと、読書の痕跡が随所に現れる。蔵書のほか、坂本の著書やツアーパンフレットも閲覧可能だ。
読み、聴き、飲み、買う。ここは図書室のみにあらず
お楽しみは、読むことだけではない。耳を澄ませば、かつて監修した〈EASTERN SOUND FACTORY〉のスピーカーから流れる坂本の作品が聞こえてくるし、ドリンクには〈フグレンコーヒーロースターズ〉のコーヒーや、〈エンティー〉のお茶など、坂本が愛飲したものが。さらに、たびたび協業したグラフィックデザイナー・長嶋りかこによるカレンダー(4500円)や、自宅やスタジオで愛用したという〈TEMBEA〉のブックトートの〈坂本図書〉仕様版(1万9800円〜)などのオリジナルグッズを買うこともできるのだ。
また、ブックレーベルとして『坂本図書』をはじめとする本を刊行し、公式HPで登録できるニュースレター「Sakamoto Library Letter」も随時発行。これまでに吉本ばななや蓮沼執太をはじめ、坂本ゆかりの面々が文章を寄せている。
かつて「読みたくなったら、その場所に行けばいい」と語った通り、坂本はオープン以前に足を運び、今も残るレザーの椅子に腰を下ろして本棚を眺めたという。読み込んだ跡が残る蔵書とともに、その面影が随所に感じられる空間なのだ。