Drink

西荻っ子・野村友里、西荻窪の酒場探訪 Vol.3〈ダリオ〉〈酒蔵千鳥〉

生粋の西荻っ子を自称する野村友里さん。物心ついたときから30歳を過ぎるまで暮らした西荻窪は、今も「心のふるさと」と言ってはばからない。そんな野村さんが、久しぶりに西荻の酒場を探訪。懐かしい味も、新しい出会いも満載の時間に、ほろ酔いでご満悦です。「西荻っ子・野村友里、西荻窪の酒場探訪 Vol.2」を読む

Photo: Kiichi Fukuda / Text: Kei Sasaki

“香りと温度”のイタリアン
ワインもグラスでいろいろ

店を出ると、ようやく夜が訪れていた。といっても、まだ8時前。早起き同様、昼からの酒も三文の徳ということか。すでに3軒ハシゴしているが、野村さんの足取りはますます軽い。西荻窪の夜が、嬉しくて仕方ないのだ。

久しぶりに顔を出したい店は何軒もあるけど、この日はもう一軒、新しい店に行くことに決めた。カラフルなアーケードに昭和のムード漂う仲通街という商店街を抜け、さらにしばらく歩いた先にある〈da Rio〉。西荻在住の友人から聞いて気になっていた、炭火焼きとナチュラルワインのイタリアンだ。

野村友里、西荻窪の酒場探訪

「何軒かで食べて飲んでこられたなら、まずはアマダイとマツタケの土瓶蒸しはいかがですか?」
カウンターで出迎えてくれたオーナーシェフの中島亮平さんにそう言われて「土瓶蒸し?」と、目を見開いた。マツタケの時期になると、必ず母の紘子さんにリクエストしていた、子供の頃からの大好物なのだ。

和食的な発想も自由に
ナチュラルなワインと

「さっきの吹き寄せといい、初めての店でこんなことが二度も起こるなんて!」と、驚きに酔いもまたリセットされた様子だ。サービスの新藤桂一郎さんが用意してくれたのは、ナチュラルなランブルスコ。だしのような旨味が、土瓶蒸しに合うのだという。ワイン生産者が作る上質なオリーブオイルを一滴垂らすと、より一層ワインに寄り添う味に。

「カツオの時期は、藁焼きもやりますし、白インゲン豆とポルチーニの煮込みを味噌代わりに、朴葉焼きを作ることも。自分も和食が好きで、季節感も出したいので、あまり縛られずにいきたい」

中島さんの言葉に大きく頷きながら、「おだしで一呼吸置いたら、何か食べたくなってきちゃった」と、京鴨の炭火焼きを追加。「鴨はもちろん、付け合わせの野菜もおいしい」と、ペロリと平らげた。

野村さんから修業先を尋ねられると「有名レストランで働いた経験はないんです。ナチュラルワインと出会って、より、素材ありきに料理を考えるようになったというか。あと、西荻のお客様に育てていただいてますね」と、中島さん。開業から2年半で「ゲストの9割はご近所さん」という愛されっぷりだ。

「情報だとか世間の評価より、自分の好き嫌いが判断基準で、いいと思った店とは、長く付き合う。古い店を大事にするけれど、新しいものもいいと思ったら受け入れる。いい店があって、いい食べ手がいて、西荻の町ができてるんですよね」

炭火焼きを軸に、旬の素材をシンプルに楽しませる。料理に合わせたワインの提案も。

磨かれたベーシック
料理のプロたちも通う味

6時間で4軒をハシゴし、胃袋と肝臓の限界が見えてきた。そろそろお開きに、となるところだが、この日の野村さんは、そうはいかない。飲み始める前から、〆の一軒は決めていた。サカエ通りにある昭和30(1955)年創業のおでん〈酒蔵千鳥〉だ。

野村友里、西荻窪の酒場探訪
笑顔に達成感がにじむ。思い描いていた通りの西荻ハシゴ酒フルコース、最終地点にて。

幸運にも空いている席に滑り込む。細長いコの字のカウンターに小上がり。壁に品書きの短冊が並ぶ。カウンターは、男性の一人客が多め。スマホではなく新聞や本を手にする人、さもなくば店内のテレビを見上げる人が大半だ。店構えだけでなく、お客の振る舞いまで「古き良き」酒場。カウンターの真ん中あたりでおでんの鍋が湯気を立て、だしの香りを漂わせている。

世代でつなぐ店、味
町の宝物のような店で

ハイボールで、十分潤っているはずの喉をまた潤しながら、つまみはコハダにポテサラ、銀ダラの煮つけ。おでんは焼き豆腐と紅ショウガ天でいくことに。「う~ん、天国♡」と、まるで1軒目のようにけろっとしている。

「何もかも本当においしい。皿にきりっとした佇まいがあって」

歴史ある酒場は、年配の店主が切り盛りするイメージがあるが、店主の沖陽介さんは、野村さんと同世代。従業員として店で働き始め、その4年後に創業者である先代に店を任され、16年になる。
沖さんも、〈千鳥〉で働く前は、酒場を愛する酒飲みだった。〈やきとり戎〉をはじめ、この町にしかない酒場に導かれ、暮らす町に西荻窪を選んだ一人だ。

「当時30過ぎだった自分にとって、〈千鳥〉は気軽に入れる店じゃなかった。大衆的だけれど、どこか凜とした、紳士の酒場というか」それが、ある日店の前を通ると、“従業員募集”の貼り紙が出ていた。即、扉を叩いたという。

調理は未経験だったが、先代と働いた4年間に覚えた店の味をベースに、少しずつできることを続けてきた。魚も、最初は近所の魚屋でおろしたものを仕入れていたが、あるときから築地(現在は豊洲)市場に通い始める。

日々、目の前のゲストに喜んでもらうことはもちろん、自分が働く前から店に通う50年来の常連にも「〈千鳥〉の味だ」と納得してもらえるものでなければ、と。技術だけではない、毎日の営みの中で、年月を重ねることで形作られてきた味。

「だから居酒屋の料理って、好きなんです。シンプルで、手をかけすぎていなくって、作り手側の余分なあれこれがのってない。決して真似のできない、いや、真似してはいけない味だよな、って」
行きつけの店は、親から子へ伝え受け継ぐもの、という家に育った野村さん。年月の重みはあるのに、古びてない、沖さんが守る〈千鳥〉がとても好きだという。

「はあ、大満足!久しぶりの西荻、この上なくいい時間でした」そう言いながらも少し名残惜しそうに、駅へと向かっていった。