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斉藤壮馬の「ただいま、ゼロ年代。」第35回 石黒正数『それでも町は廻っている』

30代サブカル声優・斉藤壮馬が、10代のころに耽溺していたカルチャーについて偏愛的に語ります。

photo: Natsumi Kakuto(banner), Kenta Aminaka / styling: Yuuki Honda(banner) / hair&make: Shizuka Kimoto / text: Soma Saito

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石黒正数『それでも町は廻っている』

 石黒正数『それでも町は廻っている』を持つ斉藤壮馬

エブリデイ・マジックという言葉がある。

これは物語のジャンルの一つで、現実をベースとした世界観に非日常的な要素が付与される作風を指す。

たとえば日本の漫画であれば、藤子不二雄氏の作品などがその代表格に挙げられることが多いだろう。ぼくはこういう作品がとにかく好きで、さらにそこにユーモアがまぶされ、魅力的なキャラクターが登場しようものなら、ハマらないわけがないのである。

『それでも町は廻っている』。

そんな、ぼくの好きな要素がふんだんに盛り込まれた素晴らしい作品について、今回は語りたい。

商店街で生き生きと過ごす高校生の主人公・嵐山歩鳥(あらしやまほとり)が、お世話になっている喫茶シーサイドのばあちゃんの思いつきで始めたメイド喫茶で働く——そんな、ありそうでなさそうなきっかけから、物語は始まる。

桜を見る斉藤壮馬

歩鳥は物事を複雑に考えたり、あるいは直感的に悟ったり、関わる人すべてをどうしようもなくコメディや推理の世界に持ち込んでしまう。

そんな探偵的な発想、つまり日常に謎を見出すようなわくわく感でもって、この物語は紡がれている。そしていつしか読者も無関係な存在ではなくなり、『それ町』の世界に巻き込まれていくのだ。

キャラクターたちの掛け合いに終始する回はもちろんのこと、各種パロディやホラー、SFのような味わいのエピソードもあり、彼ら彼女らのやることなすことをもう一話、もう一話と読みたくなってしまう。

好きなエピソードは枚挙にいとまがないが、「卒業式」「学校迷宮案内」「秋まつり」「歩く鳥」「陰謀は霧の中」「暗黒卓球少女」「夢現小説」「お姉さんといっしょ」などなど、まだまだある。

この記事を書くにあたって再読したけれど、作中に出てくるアレを使い、記憶を消して全部読み直したいくらいだ。

本作は2005年から2016年まで連載されていたが、途中から時系列がシャッフルされていて、歩鳥とその周辺の方々のある時期のエピソードが、地続きではなく描かれている。

中でも自分がいっとう好きなのは、「大人買い計画」。

歩鳥が探偵に憧れるきっかけになった、亀井堂静(かめいどうしずか)という古道具屋の店主を主役にした、実に味わい深い一篇だ。

ちなみに登場人物はみな個性的でそれぞれにおいしい見せ場があるのだが、中でも自分が好きなのは、紺先輩こと紺双葉(こんふたば)である。

歩鳥より年上の、金髪でスレンダー、中性的な見た目をしたキャラクターだが、実は寂しがりやで甘えん坊という、素敵な要素満載のお人だ。

けれど彼女以外にも、とにかく生き生きとした人物ばかりで、歩鳥の弟・猛(たける)と同級生たちのエピソードなどがちりばめられ、日常を題にとっためくるめく群像劇が次々と描かれていくのがたまらない。

そういえばありがたいことに、以前本作のモーションコミック版にて、歩鳥に想いを寄せる同級生・真田広章(さなだひろゆき)の担当させていただいた。

アニメーション版では入野自由(いりのみゆ)さんが素晴らしい芝居をされており、緊張しながら収録に臨んだが、自分も大好きな『それ町』ワールドの一員になれた気がして本当に嬉しかった。

石黒先生の作品では今話題の『ネムルバカ』や『外天楼』も大好きだが、まだ読んだことがない方にもぜひ『それ町』をご一読いただきたい。

一度読めばきっと、あなたもこの世界の、この廻る町の虜になってしまうこと間違いなしだ。

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