ハロルド作石『BECK』
古今東西、音楽を題材にした作品は数あれど、ぼくにとってバンドものの金字塔といえば、やはり『BECK』なのである。
コユキこと、平々凡々な中学生・田中幸雄(たなかゆきお)が、ひょんなきっかけから音楽に巡り合い、仲間を集めてバンドを結成し、世界を股にかけて人々の心を震わせていく物語だ。
初めて読んだのは、ぼく自身も音楽に目覚め、バンド活動に勤しんでいた中学生のころ。
先輩への淡い恋心や、おっかなびっくりライブハウスを初体験するさまなど、等身大に描かれるコユキに共感した。
BECKはその後、アニメ化や映画化もされ、バンドキッズのみならず、多くの方の支持を集めた。
いったい何がそこまでぼくらを惹きつけるのか?
答えは一つだけではないだろうが、原作にぼくが感じたのは、音楽を崇高に描きすぎていない、ということだ。
コユキは当初、あくまでも普通の中学生であり、天才的ギタリスト・南竜介(みなみりゅうすけ)との運命的な出会いにより、徐々に音楽にのめり込んでいく。
その過程で、かなりゴージャスで非日常的な体験もするのだが、彼は一貫して小市民的な感性を持ったままなのだ(むしろ、小市民的であるがゆえに、あっさり調子に乗って痛い目を見たりすることが多々ある)。
死や諍いを乗り越え、それでも音を紡いでいく彼らはもちろん格好いいが、コユキたちはただ一人の人間として音に向き合っているだけで、何かを超越し、悟っているわけではない。
彼らの音楽がスタート地点と地続きであるように、この物語とぼくもまた、繋がっているように感じたのだ。
そういえば、コユキのメインギターもフェンダー・テレキャスターで、ぼくと一緒だ。
以前Bloc Partyの回で、ギタリストのラッセル・リサック氏の影響でテレキャスターを使っているのかもと、書いたように、これまでもいくつかのルーツを語ってきた。
この作品にも、多大な影響を受けていることは間違いない。
さて、コユキや竜介以外にも、作中には魅力的なキャラクターがわんさか登場する。
彼らが組むことになるバンド、BECK/Mongolian Chop Squadだけでも、もう一人のヴォーカルでありラップも担当する、喧嘩っ早いが情に厚い男・千葉恒美(ちばつねみ)。
常に冷静でバンドの精神的支柱でもあるファンキーベーシスト・平義行(たいらよしゆき)。
コユキの同級生で、いつも笑顔を絶やさず優しく寄り添ってくれるドラマー・桜井裕志(さくらいゆうじ)。
それぞれ個性的な面々が、物語に大きなうねりを加えていく。
ちなみにぼくは当時、ベースの平くんがめちゃくちゃ好きだった。ギターの竜介も非常にモテるキャラクターで格好よいのだが、平くんの大人な色気がたまらなく魅力的だったのだ。
しかし、彼は初登場時18歳。めちゃくちゃ若い。32歳の今でも、あの落ち着きは醸し出せそうもない。
漫画『BECK』は、音のない世界で音楽を描いている。それがぼくはいっとう好きだ。
今でも目を閉じると、聴こえるはずのない歌が、聴こえてくる気がする。
コユキの透明な歌が。BECKの奏でる唯一無二の音楽が。
そんな空想に耽りながら、今日もぼくはギターを弾いている。