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母が確立した優しい“家中華”を、その味で育った息子がアップデート。祐天寺〈菜香〉

家族経営で人件費がかからない、家賃が要らない、という理由で成り立っていた古き良き町中華は、後継者不足や高齢化、町の再開発などを理由に、今や絶滅の危機。さて今日は町中華、の気持ちに応えてくれる店は減る一方だ。店と味を守ろうとする、祐天寺〈菜香〉の、今。

photo: Kazufumi Shimoyashiki / text: Haruka Koishihara

2023年12月、3年10ヵ月ぶりに〈菜香〉の明かりが灯った。48年前に開店した家族経営のこの店は、当初は〈麗華〉という屋号で定食を中心に営業。やがて建物の改築を経て1993年に現在の店名に改めてからは、中国の家庭で日常的に食べられている優しい味わいの料理を提供してきた。調理担当の長安俊江さんは本格的な修業経験こそないが、料理上手な親族に恵まれていたことから腕を磨き、衒(てら)いのない料理と夫の秀幸さんと二人三脚で営む店の雰囲気が評判に。

ハム入り卵チャーハンと春菊の白和え
具材がチャーシューではなくハムなのが、家庭料理らしくなんとも和むハム入り卵チャーハン1,100円。とはいえ、中華コンロの高火力で炒められているから、しっとりしていつつも軽やか。春菊の白和え660円は、長安家の定番おかず。季節のメニューに登場。

俊江さんの体調との兼ね合いで、2015年頃から金曜・土曜のみの営業になり、それを手伝うようになったのが次男の立佳さんだ。会社勤務と並行し、夜は自宅の1階にある店に立って家業を支えた。

20年2月にコロナ禍に突入すると、大事を取って店は休業することに。その間に立佳さんは会社を辞め、再開後から店主として店を継ごうと決めた。「それまでは、両親の年齢を考えると近い将来この店は終わるものと思っていました。でも、休業という終わりの見えない状況になったことで、逆に自分がやろうと決意する時間が持てました」。休業中は、来る再開の日に備えて調理師免許を取るなど準備を整えた。

楽しそうに厨房に立つ母の背中を見て、そして作られる品々を食べて育ち、料理は好きだった。とはいえ、それを新たな職として父母が守ってきた店を継ぐとなれば、少なからずプレッシャーもあったはず。

「なんだかんだ“えいやっ”と勢いで始めた部分があったけれど、びくびくしていても始まらないですからね。1年半経ち、安定しましたね」

黄ニラとエビの炒めとクラフトビール
軽やかに仕上がる白絞油(しらしめゆ)を使い、控えめな塩味が具材の味を下支えしている黄ニラとエビの炒め2,145円。立佳さんの代になり、クラフトビールを置くなどお酒のリストも刷新。〈遠野麦酒〉のZUMONA ヴァイツェン715円はまろやかな口当たり。

味つけやメニュー、素材選びに関しては、細かく見直している。時代による嗜好の変化に応じて、甘味は少し控えめに。また、ロスを減らすために品揃えを整理したり、角煮に使う豚肉を「皮付きの方が断然味がいいから」と、仕入れ先を変えたり。アルコールのメニューも拡充した。が、それらは名物を継承し〈菜香〉の暖簾(のれん)を守りたいからこそのこと。

立佳さんが「継ぐ」と決めた時点で免許皆伝。俊江さんは店に関してはほとんど口出しをしていないそう。ただし……。撮影用に作ってもらったチャーハンを見て、小さな声でつぶやいた。「あの子(立佳さん)に代わってから、量が多くなったんです。お米でもなんでも高くなっているご時世なのに、大丈夫なのかなあって」。サービス精神と優しい味はそのままに、祐天寺の町中華は小さな進化を続けていく。

菜香の店主・立佳さん
背の高い立佳さんにはちょっぴり低そうに見える中華コンロの前に立つようになって約1年半。すっかり堂に入った鍋さばきと、どんと構えた客あしらいで、日々店を営む。