行動経済学とは、経済学と心理学が融合したもので、人間の行動の裏側にある“意思決定のメカニズム”を理解して活用する学問です。
例えば、同僚に仕事のサポートをしてもらいたい時や、子供やパートナーにごみ出しをお願いしたい時、“こうしてほしい”という行動をどのようにすれば高い確率で引き出すことができるか。人が行動Aをして行動Bをしなかった場合に“こうしなかった”というデータだけでは、どうしたら行動Bにつなげられるかを考えるのは難しいですよね。そのためにはまず“人はなぜ、そのように行動するのか/しないのか”を理解し、行動のきっかけとなるトリガーを見つけることが必要です。
つまり行動経済学では、その行動がこういう感情によるものだとか、直感が働いてそうしてしまったんだなとか、人間の脳がどのように作用してそれを起こさせたのか、その背景にある“なぜ”を解くことができる。そうすることで“どうしたらやってもらえるのか”という対策が練りやすくなるんですね。
私がこの行動経済学を最強ツールと感じて、突き詰めたいと思ったのは、マーケティングやセールスプロモーションなどのビジネスはもちろん、家庭内の問題であろうと、人間が関わる領域すべてに応用できる学問だからです。実際、これまで自分が行動経済学の知識を使って取り組んできたプロジェクトも、それぞれ全く違うのが面白いところなんです。
あらゆる理論を駆使して、人の購買意欲を刺激する
行動経済学は今、世界のビジネスパーソンが最も注目している学問で、Google、Amazon、Apple、Netflixをはじめ、名だたる企業が自社に行動経済学チームを設けています。それほどに、行動経済学がセールスプロモーションに生かせるものであると考えられているからなんです。
この理論が消費者の購買意欲を無意識に掻き立てるのに多用されていることは、Amazonの商品ページ一つを見てもわかります。例えば、かつては商品を購入しようと思ったら、顧客情報やカード番号をいちいち入力しなければならなかった。いざ何かを買おうと思っても、財布が手元にないとか、住所を打つのが面倒だとか、いろいろな理由で結局買わないということも多かったと思うんです。
でも、サイトに情報が登録してあれば、ワンクリックで購入を完結できる。これは、買うという行動を熟考せず、行動経済学で言う「システム1(直感)」で簡単に買ってしまうという人間の脳のクセを利用したものです。購入にかかる時間も一瞬で、カード払いという支払い方法も伴って「大切なお金を使ってしまった」という出費の苦痛も感じさせない。いくら使ったかを意識させにくいのです。
また、100ドルが今は70ドルと、前の価格に横線を引いてあえて残しておくことで、安いんだ、買おうという気にさせる。これには、先の数字の情報がその後の意思決定を促す「アンカリング効果」という理論が使われています。
多くの商品を揃えるAmazonのサイトは、どのように選択肢を提示すれば商品を選んでもらえるのか、最適な方法を探る「選択アーキテクチャー」という概念で設計されているのも特徴です。選んだ商品と比較できるようにオススメを出したり、価格順や人気順でソートできるようにしたり、また自社で扱う同じ商品について「ほかの事業者からも買えます」とわざわざ情報を提示するのも、「並列評価と単独評価」といって、比較対象を作ることで購買につなげるという理論によるものです。
さらにサブスクリプションのサービスを自動更新にすることで、「惰性(イナーシャ)」によって解約させない。人間というのは基本的に怠け者なので、一度入会したものを、まあいいかと続けてしまったりするんですね。
このようにサイト一つを取っても、行動経済学がどれだけ“買わせる”セールスプロモーションに役立てられているかがわかるでしょう。