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「音楽を聴くこと」坂本龍一

2023年3月28日、音楽家・坂本龍一さんがこの世を去った。坂本さんを偲び、彼が表紙を飾ったブルータス「はじまりの音楽」より、2017年当時のインタビューを特別に公開します。

初出:BRUTUS No.844『はじまりの音楽』(2017年4月1日発売)

photo: zakkubalan / text: Ito-soken

8年ぶりのオリジナルアルバム『async』を発表した坂本龍一さんは、「今、自分の聴きたい音楽は何だろう?」と自分の聴きたい音を探すことからその制作を始めました。

音楽を聴くこと

BRUTUS

なぜ音楽を聴くのか?と問われるとどう答えますか?

坂本龍一

聴くことの意味を考えると、耳が受動的な器官であるということを押さえた上で、本でも、映画でも、言えることなんだけど……、新しい体験をしたり、新しい風景を見たり、新しい考えに触れたりするのって、好きじゃない、人間って。自分じゃない誰かの考えとか、体験とか、感覚とかを疑似体験するために本を読んだり、映画を見たりする。それと似た様なことなのかな……、もしかしたら同じと言ってもいいのかも。

ただやっぱり器官として、感覚器としてやはり視覚で認識できるようなものとは違うから、共有しているものは多いんだけど、実は音楽でしか与えられない感情とか、風景の感覚とか、時間の感覚とか、というのもあるんだと思う。それは映像とか、言葉に置き換えることができなくて、なかなか難しいんだけど、音楽でしか得られないものは確実にある。僕の経験から言うと、例えば、中学2年生の時にドビュッシーと出会って、ハマっちゃった。ドビュッシーに『雲』という曲があるんですけど、それがものすごく好きになって、よく聴いていました。

一方、パリ16区にブローニュの森という大きな公園がある。そこに入っていくと、木々が鬱蒼としていて、暗くなっている。しかも、冬のパリは灰色の雲に覆われていて、その冬の時期のその公園を歩くとかなり暗い感じになるんですよ。僕は中学生でドビュッシーの『雲』を聴いていた時、そのブローニュの森を覆っていた雲が暗く垂れ込めた空がありありと見えていた。もちろんその時にパリなんて行ってないし、写真で見たわけではないのにその音楽を聴くと見えていたんですよ。

ドビュッシーがその森をゆっくりと散策して、空を見上げて、そして、遠くのパリの中心部の喧騒が微かに聞こえてきて……、そんな感覚までちゃんと味わえていたんです。そして、何十年後にその場所に立って、「あ、ここだ」って実際にその感覚を味わった。多分、実際に行って、得たその場の感覚よりも、想像していた感覚のほうが、ドビュッシーの感覚に近いかもしれないと思っている。音楽を聴く力にはそういう疑似体験をする力は絶対にありますね。

B

坂本さんにとって、音楽を聴く行為と作る行為は同じなんですか?

坂本

音楽を作る行為の50%は聴いていますね。作って、出して、聴いて、これでいいのかって判断をしてを繰り返す感じなので。だから、聴くことはとても重要です。音を出すことは簡単にできちゃうんだけど、その音を聴いて、ダメだからバサッと切ったりとか、このアイデアではダメだからこっちにしようとか判断をしている。だから、聴くことは本当に重要ですね。

B

音楽を作るために音楽を聴くことはありますか?

坂本

なるべくやらないようにしますね。

B

なぜですか?

坂本

影響されるから。

B

坂本さんでも影響されるんですか?

坂本

されますよ。それは。

B

では、坂本さんはどのように音楽を聴いているんですか?

坂本

それこそ、雑多ですね。高校時代と変わらないぐらいありとあらゆるジャンルを聴いています。その日、たまたまフェイスブックで見ちゃったから、聴き出して、興味を持ってしまうと、その人の別の曲とか、関連する曲とかを聴きたくなって、そのモードに入っちゃうんですよね。翌日になったら、全然モードが違って、雅楽を聴いてみたりとかして、割と日によって違いますね。

B

新しい音楽を聴こうという意識はあるんですか?

坂本

あります。あります。聴いて、覚えちゃうとあんまり聴く意味はないので。新しいと言っても、古い、新しいという意味の新しいではなく、まだ出会っていない音楽を聴きたいってことですかね。

B

音楽を聴くことからもたらされるものって何だと思いますか?

坂本

僕は聴いたことのない音楽を聴きたい欲求が強いんですけど、それは単に新しい刺激が欲しいというだけではなくて、「音楽を作るのにまだこういう可能性があったのか」ということを知る時があるんです。可能性が出尽くされたと感じる時もあるんですけど、「まだ、こんなことがあったのか」ってことを若い人の作る新しい音楽から知ると本当に嬉しいですね。それで僕も目を見開くことができて、僕自身も自分の作る音楽への希望が持てるようになる。それは本当に嬉しいことなんです。

それと、普通の人もやっている音楽の聴き方だと思うけど、慰安っていうのかな。心を休めるために聴くような。探究心ばかりではなくて、そういう感じで音楽を聴くこともありますよ。慰安のためにいいのは、それもブームがあって日々変わっていきますね。最近だと、雅楽の笙(しょう)の音楽ですね。今は本当にリラックスしたい時はその音楽ばっかり聴いていますよ。

B

笙の音色で落ち着く自分なんて、昔は想像できなかったんじゃないですか?

坂本

本当にそうですね(笑)。

B

坂本さんも慰安のために音楽を聴いたりするんですね。少し驚きです。

坂本

それはありますよ(笑)。

B

最近は音楽を聴かなくなった人が多いと聞きます。

坂本

まあ、無理矢理聴く必要はないけど……、つまらないTVを観るよりは音楽を聴いたほうがいいと思いますよ。

(坂本さんは2023年3月28日に逝去。享年71。)