坂本さん、気になっていたことを質問してもいいですか?
長嶋りかこ
坂本さんとお仕事をすると、相手を信頼してくれる大きな器を感じます。あえてそのように振る舞っているんですか?
坂本龍一
何も考えてないけど、もしかすると、大島渚さんの影響かもしれないです。僕が初めて映画音楽を担当させてもらった『戦場のメリークリスマス』の時、映画音楽の作り方を知らない僕に何も言わないんですよ。3ヵ月ぐらいの制作過程で一度だけスタジオに来て、出来上がっている音楽を聴いてもらったら、何も言わずに帰ってしまった。その後、完成した曲を渡したら、聴いた感想も何も言わず、作った曲を全部使ってくれたんです。その後、誰かが大島監督から聞いたらしいんだけど、自分は作曲家を決めるのが仕事で、音楽を作るのは作曲家の仕事。それが良かろうが悪かろうが、すべて自分の責任であると言っていたらしいんですよ。かっこいいよね。
長嶋
坂本さんとお仕事をして、私は同じ感じがしますよ。
坂本
そう思ってくれるのは、嬉しいけど、大島監督は本当にそれを徹底していたそうですよ。
長嶋
今回のシブル監督に対しても100%委ねられたんですよね。
坂本
はい。映画は監督のものなので。当たり前のことですね。
長嶋
そこに専門性を大切にされていることを感じるのですが、『龍一語彙』の中で自分は専門分野を持たないとおっしゃっています。自分を決めない、枠にはまらないという部分に、坂本さんが常日頃からおっしゃっている“非同期(async)”を感じました。
坂本
海外に行く時に職業を書かないといけないでしょ。それが昔から抵抗があって。自分の職業に適した言葉がないんですよ。子供の頃から自分の職業を持ちたくなくて、小学3年生ぐらいの時になりたい職業を書かされて、“ない”って書いたぐらいです。中学生の時も、何者でもなくブラブラできると思って、「ひもになりたい」って母親に言ったら、「ひもはひもで大変なのよ」って言われたりしてね(笑)。実は、大学院まで行ったのも、社会に出ると何かにカテゴライズされてしまいそうだったから。YMOの時もバンドというものに括られたくなかったから、細野(晴臣)さんに「暇な時に参加しますよ」っていう失礼な参加の仕方で(笑)。その後、人気が出た時に“YMOの坂本龍一”という括られ方をされてしまって、何者かになってしまったのは最悪でした。そこで初めてミュージシャンという職業を認めざるを得なくなり、観念しました。
長嶋
今でもその気持ちは?
坂本
何者でもありたくない気持ちはありますね。でも、どうしても言葉で括(くく)られてしまう。
長嶋
私も自分自身の肩書によって自分の仕事の内容が型にはまることは嫌ですね。言葉は従来の意味通りのイメージを浮かばせるから。そういう意味でも、どうしても言葉じゃないものに惹かれますね。だからこそ、表現が救いになることがあります。
坂本
そのためにやっているって部分もありますよね。ただその中にも縛りとか枠みたいなものができてしまうので、それをきちんと認識して、再評価して、壊していかないといけないと思います。
長嶋
坂本さんは、その縛りや括りを意識せずに作品ができたと思うことはありますか?
坂本
まずないかな。そんなに幸せなことは起きないですね(笑)。
長嶋
では、自分の作ったものによって、自分自身が救われたりすることはありますか?
坂本
それもないかな。
長嶋
実は私はたまにあるんです。その対象によって救われることも。
坂本
恥ずかしいけど、僕はめったに自分の音楽を聴き直したりしないけど、たまに聴いて泣いちゃったりすることはありますね(笑)。
(坂本さんは2023年3月28日に逝去。享年71。)
坂本龍一を知るための映画と書籍と展覧会
すべてをさらけだした5年間の記録。『Ryuichi Sakamoto: CODA』
監督:スティーヴン・ノムラ・シブル/5年間の密着ドキュメンタリーとアーカイブ映像を交え、坂本龍一の道程を辿る。監督からの熱烈なオファーで実現した。ファンならずとも時代の証人として必見。
坂本龍一の言葉から世界を覗く言葉辞典
『龍一語彙 二〇一一年 ‐ 二〇一七年』
2011年から17年の7年間の坂本龍一のインタビューや発言から言葉を抽出し(36カテゴリー、300語以上)、その言葉に対する「一般的語彙」(一般的な言葉の意味)と「龍一的語彙」(坂本龍一を通した場合の言葉の意味)を加え、その発言の語録も掲載されている。坂本自身が撮影した写真も掲載。巻末には福岡伸一による解説「坂本龍一の言葉」も。坂本龍一版『現代用語の基礎知識』。角川書店。
坂本龍一を知るための展覧会
『坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME』
『坂本龍一|設置音楽展』(ワタリウム美術館)に続き、2度目の「設置音楽」シリーズ。展示される《IS YOUR TIME》は、坂本と現代美術家・高谷史郎によって制作された新作インスタレーション。物理的な音を感知することだけではない音楽を感覚する場を作る。現在は終了。