オフィス街の片隅で憩う。開放的な芝生の空間
皇居に面し、オフィスビルが並ぶ大手町。ここで自然とアートとのタッチポイントをつくるのが〈Otemachi One〉だ。多様な飲食店舗やウェルネス施設が入居する建物には芝生が広がるガーデンが併設。オフィスワーカーが気軽に立ち寄れるこの場所で、『Otemachi One ART BREAK』と題されたアート展示が展開されている。
目指すのは、「ほっとひと息つける空間」。緑のなかにアートを置くことで、人と人、人と自然とのつながりが浮かび上がる。作品と対峙するというより調和するように、新鮮なランドスケープのなかに、ただ心身を浸すことができる場所だ。このプロジェクトの一環として2025年9月24日(水)から11月7日(金)まで開かれるのが『O by Russell Maurice(ラッセル・モーリス展 「O」)』。
会場は、芝生エリアを擁する庭園〈Otemachi One GARDEN〉、イギリス出身で逗子在住のアーティスト、ラッセル・モーリスの大型彫刻とブロンズ群像が展示される。
気に入らないかもしれないけど、私たちはすべてつながっている
グラフィティ文化の影響を受け、80年代からコミックと抽象表現との融合に挑戦し続けてきたモーリス。開催に際し、「屋外にグラフィティ作品を描いた経験は何度もありますが、完全に3Dのものを公に設置するというのは初めてです」と話してくれた。
メインとなる大型オブジェは、六角形を基調としたリング型。本展の軸となるテーマ「インフィニティ(無限)」を体現するものだ。

「自然、植物、動物のつながりが地球から宇宙へと広がっていく要素を、私は長年作品に取り入れてきました。ある意味で、どんな形であれ私はずっと自然を作品に組み込んできたのです。成長のパターン、エコロジー的なテーマ、原子から宇宙、フラクタルやカオス、昆虫まで」
モーリスは円環にアレンジを加え、ミミズのようなキャラクターとして造形。切れ目部分の断面を覗くと、両側にコミカルな笑顔が描かれている。輪は物理的にはつながっていないけれど、この仕掛けによって、切断ではなくむしろ接続が連想される。
「ミミズも、ずっと扱っているテーマ。今回は2つの顔を持たせてみました。僕は、人に何かを提示するときには《You might not like it, but we’re all connected》(気に入らないかもしれないけど、私たちはすべてつながっている)と思うようにしているんです。今作はその考えに合致する表現になったと感じていて、作品名もこのフレーズにしました」
自然の延長に自分がいて、他者もいる。そしてその一体感は無限に広がっていく……そんな感覚を、あくまでポップに表現。芝生エリアに並ぶ15〜35cmほどのブロンズ像を用いた作品群も、どこかファニーな佇まいで憩いのひとときを演出する。
「きのこにも見える《Hexenringe》は昔作ったプラスチックのコラージュ彫刻をもとに鋳造したもの。土星のように輪を持つ惑星を擬人化してみたのが《Ring Of Saturn》です。キャラクターの鼻がリングの上に乗っかっているところがポイント。この像は、これまで大量に描いてきたドローイングがもとになっています。3つめの《Anstrato’s》も絵が出発点で、最初は“放浪者の月”というイメージだったんです」
制作プロセスの大部分は、何度もドローイングを重ねることから成る。描き直しているうちに生じる線の“歪み”が新たなフォルムを導くのだそうだ。
「僕のやり方はいわばランダムなジェネレーター。カオスをもたらす方法が大好きなんです。自分でデザインした展示のポスターも、画像をビットマップ形式に変換して不規則的に美しいパターンが現れるようにしました。もともとグラフィックを学んでいたし、こういうオタク的こだわりがありまして(笑)」

大手町で思い出したい「のんびりすること」の貴重さ
創作のインスピレーション源は?と問うと、のびのびとした答えが返ってきた。
「いたるところにあります。自然、建築、アニメ、グラフィティ、錆、バスの座席の柄、街に貼られている日焼けしたステッカー、カニの甲羅の模様……。そして何よりも、アート。僕はあらゆるものにセンス・オブ・ワンダー(世界を不思議がり驚嘆する感覚)を抱いています。原子の構造からいい映画や音楽まで、感動の種は無限に広がっていて、あとはそれを見たり聴いたりする時間さえあればいいんです」

自らを取り巻く世界をつぶさに観察し神秘を探る。その眼を通した大手町エリアも、驚きを含んでいる。
「皇居とビル群が隣り合っていて、そのコントラストが印象的です。通りは活気に満ちているのに、角を曲がった途端ビルの中庭で一人きりになることもある。不思議なペースで動く街ですよね」
そんな街のまんなかで、モーリスの作品は自然と調和しながら佇む。そこは、単なるリラックス以上のものが見つかる空間となる。
「最近は『のんびりすること』自体がとても貴重に思えます。〈Otemachi One〉の展示を訪れる人が、ほんの少しでも歩みを緩めてくれれば嬉しい。足を止めて、『これはなんだろう』とおもしろがってみてほしいです。そして、一人でも作品のコンセプトを感じ取ってくれる方がいたら、プロジェクトは成功なんです」