日韓の映画界を代表する2人のタッグ作
以前から互いの仕事に注目し合っていたという2人は、たちまち意気投合。かくして、タッグを組んだのが『流浪の月』だ。主人公は、幼少期に大学生の文に誘われともに暮らすことになった更紗。2人の心は強く通じ合っていたが、警察は誘拐事件として処理。結果、引き離されてしまう。そんな2人が15年後に再会するという、一筋縄ではいかない恋物語だ。本作について、李監督とホンさんに話を聞いた。
———李監督はホンさんとお仕事をしてみて、「これは韓国映画界の人だな」と思うような瞬間はありましたか?
李相日
「発想に限界がない」ことでしょうか。時に監督が求める範囲にとどまらず、より優れた映像を探求する姿勢というか、その飽くなき欲求には驚かされます。
韓国映画界が、ということ以上に、ホンさんだからこそ、なんだと思いますね。常にもっともっと、何か何か、と好奇心が尽きない方です。
———たしかに、ファーストシーンから日本映画ではなかなかお目にかかれない迫力があって、一気に引き込まれます。ブランコに乗って揺れる更紗のシーンなのですが、かなり特殊な撮影方法が選択されていますよね。どちらのアイデアだったんですか?
ホン・ギョンピョ
今回は画コンテがなく、どう撮るかについては李監督と現場でたくさん意見交換をしながら決めていったので、どちらのアイデアかというのは覚えていませんね。
李
たしかマーティン・スコセッシの『ミーン・ストリート』に、近しい印象的なカットがあって、それは歩きなんですけど、「あんな感じでブランコを撮ったら面白いですかね」みたいな話を僕からちらっとしたんじゃなかったですかね。
ホン
そうでした。それで私が技術チームに頼んで、ブランコにカメラを乗せられる装置を作ってもらったんです。でも、あのブランコは当初ファーストシーンではなかったですよね?
李
そうなんです。編集の段階で、ブランコに乗るまでのシーンはカットしてしまいました。
ホン
私自身、あの揺れるブランコのシーンはとても気に入っていたので、その変更は印象に残っています。
心情を表す"揺れる"描写
———それ以外にも、本作では“何かが揺れる”という描写が印象的です。例えば、主人公の2人が過ごす部屋では、常にカーテンがそよ風に吹かれて揺れています。
ハードなシーンの多い本作において、その揺れは2人の安らいだ時間を表現しているように見えましたが、どのような意図だったのでしょうか?
李
ホンさんにはとにかく風を撮ってほしかったんですよ(笑)。ロケハンの時から、常にカーテンは揺らしたいとは話していましたよね。
ホン
そうですね。動きのない部屋を撮っても、2人の感情が見えないと思ったんです。カーテンが揺れれば、そこにさまざまな感情が呼び起こされる。
結果的に、“揺れる”という描写が本作にとって重要なイメージとなり、カーテンだけではなく、木々の揺れや湖の水面の揺れなどを撮っていくことになりました。
李
なので、カーテンが出発点で、どんどん派生していき、“揺れる”というイメージが人物の心情の揺れ動きはもちろん、過去と現在という時間やそれぞれの場所をつないでくれました。
———今、ホンさんがおっしゃったように、湖の水面の揺れも本作では重要です。
15年前、2人は湖の前で警察によって引き離されたわけですが、終盤に2人がそれぞれ別のタイミングで同じ湖を訪れ、その中に入っていく。特に文の入水シーンは、本作で美しい場面の一つです。
ホン
あの水面の揺れは、事前に写真でシミュレーションして、監督に共有したうえで撮ったのですが、カーテン以上に文の心情と直結しているものなので、とても心血を注ぎました。
水面の波紋が静かに波打つ感じが表現できればと思っていたのですが、おそらく監督のイメージしていたものを撮れたんじゃないでしょうか。ただ、ご指摘された更紗が湖の中に入るシーンは、当初の台本にはなかったんですよね。
李
はい。今回ホンさんと一緒にロケハンする時間がかなり限られていました。ホンさんはご自身で撮影地周辺に使える場所がないか探して、写真に撮って共有してくれたんですよ。
その中に、湖に浮遊しているように突き出た桟橋の写真があった、「これを使わない手はない」と思えるほど強烈で。であれば、大人になった更紗が一人で立つべきだろうと、撮影中のホテルの中で書き加えたんです。
たゆたう水が象徴するもの
———そもそも原作だと、2人が引き離されるのは動物園ですよね。どうして湖に変えたのですか?
李
2人が引き離される時に目にした風景は、とても大事なものでなければなりません。再会するまでの15年間、思い続ける景色なわけですから。その場所には、2人をつなぐ何かがある。離れていても、つなぎとめる隠喩めいたものが欲しかった。
シナリオハンティングをする中で、美術の種田さんの助言もあり、目に入ってきたのが、水辺だったんです。それからは、2人の周りには常に水がたゆたっているというイメージが湧いてきました。
そこから派生して、風水に譬えるなら、更紗の現在の恋人である亮には、火のイメージが当てはまりました。なので、彼の部屋の家具に赤を配置し、服にも赤系を潜ませてます。
ホン
監督は撮影が始まる前にそのお話をされていましたね。なので、私としても悩みながら、そのイメージをどう具体的に表現できるのか常に考えていました。
———そのほか、これは会心の出来だと思えるようなシーンはありますか?
李
観てない方のために詳しくは言いませんが、終盤に文が更紗にある秘密を告白するシーンがあるんですね。それをとても長いワンカットで撮っているのですが、ホンさんでなければああいうふうに撮ることはできなかったと思うので、印象に残っています。
そもそもあのシーンは、台本では夜という設定だったんですよ。それを、ホンさんの判断で、夜ではなく自然光が生かせるギリギリの時間帯に撮ることになりました。これは撮影時間が限られてしまうので、ものすごく恐ろしいことなんですけど、結果的にその判断は正しかったと思います。
ホン
本作の重要なことが集約的に表現されているので、あのシーンは私も大好きです。なぜ人工照明をいっさい使わず、自然光の中で撮ろうと思ったのかは今考えてもわかりません。ですが、絶対にそうすべきだと思ったんです。
そのために時間は制限されましたが、幸い俳優の演技とカメラワークが見事に決まり、ワンテイクで終わることができました。
———ホンさんは、もしまた機会があれば日本で撮りたいですか?
ホン
はい!
李
言わされてません?(笑)
ホン
いえいえ、そんなことはありませんよ(笑)。ただ、現場で出される食事がもう少し温かいといいなとは思いますけど(笑)。
これは文化的な違いかもしれませんが、韓国の現場だとかなり食事が豪華で、スタッフはその力で動いているところも大きいので。