案内人・長場雄
自身のイラストのテイストが定まったのは2014年のことだという長場雄さん。ゼロ年代、いわば試行錯誤の時期に憧れ、触れてきたシーンとは?
花形の広告、雑誌から新鋭のTシャツまで。ジャンルの垣根を越え多士済々な顔ぶれがシーンを彩った
大学を卒業して、のちの〈グラニフ〉【A】に就職したのがゼロ年代の初頭。働きつつイラストも描いていました。04年に描き始めたのが「かえる先生」で、当時スタートしたばかりのmixiで宣伝して。ネットで知って展示を見に来たという人もいました。インターネットが作品を広げるきっかけになっていると実感しましたね。
1、2年後にフリーになってからは人づてで仕事をいただきました。学生時代から僕にとってのヒーローは五木田智央さんです。画集『ランジェリー・レスリング』に衝撃を受け、〈ロスアプソン〉での個展や〈円盤〉でのDJイベントに足を運んで。五木田さんが手がけた歌舞伎町のイベントのポスターを剝がし集めながら、新宿へ向かったのはいい思い出です(笑)。
当時を振り返ってみて、象徴的だと思うことの一つは〈グラニフ〉のようにTシャツとアートを結びつける動きが増えたこと。01年には〈ビームスT〉が、03年には〈UT〉の先駆けになるプロジェクトがスタートしています。イラストレーターはもちろん、デザインやグラフィックなどを手がける人の表現の場が増えたんですね。広告や書籍、音楽などの仕事に比べて、参加するハードルが低かったことも、このジャンルが盛り上がる大きなきっかけになったと思います。
もちろん、広告・書籍・音楽の仕事は花形で、なかでも若野桂さんが手がけた〈NIKE〉のビジュアルは憧れでした。国内だと〈groovisions〉をはじめ、雑誌『relax』に登場するクリエイターたちはみんなかっこいいと思いながら読んでいましたね。音楽では中村佑介さんによるASIAN KUNG‒FU GENERATIONの一連のアートワークが印象的。中村さんは瞬く間にスターになりました。
表現においてはデジタルツールが一般化したことがこの時代の特徴でしょう。僕は1990年代の後半に、先輩で〈TGB design.〉の石浦克さんにPower Macintoshを触らせてもらったのが最初でした。ゼロ年代にはデジタルとアナログのコラージュ作品を作ったこともあります。
この点では、〈Enlightenment〉のヒロ杉山さんが手がけたCG作品に衝撃を受けました。木村拓哉さんがCGになった〈TBC〉のCMも大きな話題になりましたね。また、伊藤桂司さんのようにデジタルとアナログを組み合わせた印象的なビジュアルも生まれました。
ここまで、「イラストレーター」の肩書にとどまらず活躍されてる方々の名前を挙げてきましたが、それこそがゼロ年代の特徴ではないかと思います。村上隆さんがキュレーションした『SUPER FLAT展』【B】がスタートしたのは2000年でした。初回には〈groovisions〉やヒロ杉山さんも参加しています。ハイもローも区別なく色々なものを同時に体験したのが、僕にとってのゼロ年代でした。
同じような経験をしてきた人も少なくないのではないかとも思うんです。例えば、イラストレーションとストリートアートは今と比べものにならないほど近くにありました。その象徴的な存在が、中目黒にあった〈大図実験〉。グラフィティアーティストのKAMIさんとSASUさんのユニット〈HITOTZUKI〉を中心に、街中にステッカーやポスターを張ったりして、グラフィティをどんどんボムっていくんですね。
また、テン年代に入ってイラストは一層アート作品としても認識されるようになっていきますが、その下地を作ったのはやはりこの時期で、05年には〈NANZUKA UNDERGROUND〉、07年には〈GALLERY TARGET〉がそれぞれ開廊しています。
こういった場所に出入りしてきたアングラカルチャー育ちを自認しつつも、一方でSuicaのペンギンだったり、新潮文庫「Yonda?」のパンダだったり、可愛くて愛着を持てるイラストも強く印象に残っています。むしろこちらにもしっかり影響を受けてきたんだなと改めて気がつきました。
2000
若野桂がアジア・北米で展開された〈NIKE Basketball〉のキャンペーン「PLAYER'S DELIGHT」に携わる。企画、アートワーク、TVCMなどを手がけた(1999年から)。
〈グラニフ〉の1号店が下北沢にオープン。
五木田智央が画集『ランジェリー・レスリング』をリトルモアから刊行。
映画『ヴァージン・スーサイズ』が日本公開。手描きのタイトルデザインはジェフ・マクフェトリッジ。
村上隆キュレーションによるグループ展『SUPER FLAT展 at PARCO』が渋谷パルコギャラリーで開催。
2001
〈ビームス〉のTシャツ専門レーベル〈ビームスT〉がスタート。
ギャラリー〈大図実験〉が中目黒にオープン(05年に閉廊し、翌年東京・青葉台で〈大図体験〉としてオープン)。
Suicaのサービスがスタート。マスコットキャラクターのペンギンのデザインは、さかざきちはる。
2003
「ユニクロTシャツプロジェクト」(07年、クリエイティブディレクターに佐藤可士和を迎えて〈UT〉に)がスタート。
ASIAN KUNG‒FU GENERATIONがミニアルバム『崩壊アンプリファー』でメジャーデビュー。アートワークは中村佑介が手がけた。
新潮文庫のキャンペーン「Yonda? CLUB」のデザイナーに100%ORANGEが就任。
2004
mixiがサービスを開始。
2005
ギャラリー〈NANZUKA UNDERGROUND〉が渋谷にオープン(21年に神宮前に移転)。
2006
宇川直宏らが渋谷でオフィス兼クラブスペース〈Mixrooffice〉をスタート(08年に閉鎖)。
新宿・歌舞伎町の風林会館でイベント〈バクト〉が開催。ポスタービジュア
ルを五木田智央が手がけた。
雑誌『relax』が9月号をもって休刊。
2007
〈GALLERY TARGET〉が原宿にオープン(23年に表参道に移転)。
2008
映画『ビューティフル・ルーザーズ』が日本公開。1990年代のニューヨークでストリートカルチャーの拠点になった〈ALLEGED GALLERY〉の足跡を辿るドキュメンタリー映画。