〈loneliness books〉オーナー・潟見陽が案内する、ゼロ年代「クィアカルチャー」の歴史

ゼロ年代の様々なカルチャーを、現在シーンの一線で活躍する案内人による解説(歴史編)と、当時を知る証言者との対談(対談編)の交互で読み解いていく連載。今回は〈loneliness books〉オーナー・潟見陽が案内する「クィアカルチャー」歴史編。

text & edit: Ryota Mukai

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案内人・潟見陽

〈loneliness books〉で日本のみならずアジア各地のクィアやジェンダーにまつわる本を揃える潟見陽さん。ボランティアとしても東京のプライドパレードに携わってきたという。

ゲイカルチャーの盛り上がりとLGBT運動の狭間。目には見えにくい人のつながりがあった

映画やドラマ、文芸など、いわゆるポップカルチャーの面では、ゼロ年代の日本のクィアカルチャーは強く印象に残るものが少なかったと思います。むしろエンタメ作品などは1990年代に勢いがありました。

映画『二十才の微熱』で、オープンリーゲイの橋口亮輔【A】監督がデビューしたのが93年。同年、同性愛やバイセクシュアルをテーマにしたテレビドラマ『同窓会』が放送されています。

94年には日本初のプライドパレード『第1回レズビアン・ゲイ・パレード in 東京』【B】が開催。小説では江國香織さんの『きらきらひかる』や、その前、80年代後半に松浦理英子さんの『ナチュラル・ウーマン』が発表されています。

こうした時代に『ブルータス』や『スイッチ』『スタジオ・ボイス』をはじめ、多くのカルチャー誌がゲイ特集を組みました。ゲイやレズビアンがちょっとおしゃれな存在として取り上げられ、ブームになったんです。

また、80年代から90年代中盤まで「死の病」だったHIV/AIDSもクィアコミュニティに大きな影響がありました。セイファーセックスの啓発や、根強い差別に抗(あらが)うアクティビズムから、新たな取り組みやカルチャーも生まれました。といっても堅苦しいものではなく、クラブで踊ったり、ドラァグクィーンのショーを楽しみながら、同時に問題意識も共有するような場があったんです。

最初にゼロ年代に強く印象に残るエンタメが少なかったと言ってしまいましたが、ゼロ年代初頭にはエポックメイキングな作品がありました。2001年に橋口監督が『ハッシュ!』を発表したり、同年の『3年B組金八先生』(第6シリーズ)には上戸彩さん演じるトランスジェンダーの生徒が登場したり。当時は「性同一性障害」とされていましたが。

また、一時中断したプライドパレードが東京で再開するのは2000年です。同日夜には新宿二丁目のフェスティバル『東京レインボー祭り』が初開催。メインストリートの「仲通り」を封鎖して、屋台が出て、ショーが行われ、花火が打ち上げられて。今や幻だったんじゃないかと思うほど、熱気に溢れていました。

02年からは新木場にあった〈スタジオコースト〉でゲイナイト『Shangri-La(通称アゲハ)』がスタート。毎回数千人単位の多くの人が集まりました。

以降、日本でもクィアを描いた物語は作られ続けていたと思います。ただ、個人的には当事者性の薄い作品が多いように感じていて。数少ない共感できる日本の映画としては、1995年公開の橋口監督作『渚のシンドバッド』が今でも金字塔的存在です。

一方、ゼロ年代の海外の作品には強く心に残るものが少なくありません。『ブロークバック・マウンテン』『ミルク』は渋谷にあったミニシアター〈シネマライズ〉【C】で上映されていました。ここはクィア映画を意識的にプログラムに組み込んでいたのではないかと思います。

ゼロ年代は、イベントをはじめ、人と人のつながりが充実したことがクィアカルチャーにとってなにより重要だったと思います。その意味で、2003年に新宿二丁目にできたコミュニティセンター〈akta〉【D】の存在はとても大きい。HIV陽性者のサポートや、啓発を手がけるNPOです。昼でも夜でも二丁目の街で人との交流ができる場所ができたということですから。

テン年代に入る頃にはテレビや新聞の報道で「LGBT」の文字を目にすることが多くなりました。各国で同性婚が認められるようになったり、企業のダイバーシティに対する意識が向上したりしました。

ゼロ年代半ば以降もたくさんの人の努力によって続いてきたパレードは、この頃から企業の後押しも受けて商業的に盛り上がり始め、大きなイベントに発展していきました。今から振り返ると、ゼロ年代はエポックメイキングな90年代とテン年代に挟まれた過渡期にあったんです。

2000

映画『ボーイズ・ドント・クライ』(監督:キンバリー・ピアース)が日本公開。アメリカに実在したトランス男性の物語。主演はヒラリー・スワンク。1999年製作。
『東京レズビアン&ゲイパレード2000』が開催。
新宿二丁目で『東京レインボー祭り』が初開催。

2001

ドラマ『3年B組金八先生』第6シリーズ(脚本:小山内美江子)がTBS系で放映。性自認に苦悩する生徒を上戸彩が演じた。
映画『ハッシュ!』(監督:橋口亮輔)が長崎で先行公開。ゲイカップルと子供を産みたい女性のドラマ。主演は田辺誠一、高橋和也、片岡礼子。雑誌『スイッチ』(1996年6月号)で橋口監督が行ったアムステルダム取材が物語のベースになっている。

2002

映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(監督・主演ほか:ジョン・キャメロン・ミッチェル)が日本公開。性別適合手術に失敗したトランス女性の半生を描く、ロックミュージカル。2001年製作。
新木場にあった〈スタジオコースト〉でゲイナイト『Shangri-La(通称アゲハ)』がスタート。

2003

コミュニティセンター〈akta〉が新宿二丁目にオープン。

2004

映画『モンスター』(監督:パティ・ジェンキンス)が日本公開。愛する女性のために連続殺人を犯す女性を描く、実話に基づく物語。主演はシャーリーズ・セロン。2003年製作。

2006

映画『ブロークバック・マウンテン』(監督:アン・リー)が日本公開。20年間にわたる、惹かれ合う2人の男性の姿を描く。主人公をヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールが演じた。2005年製作。

2007

『東京レズビアン&ゲイパレード』の名称が『東京プライドパレード』に改称。

2009

映画『ミルク』(監督:ガス・ヴァン・サント)が日本公開。1970年代のアメリカで、ゲイであることを公言し、同性愛者かを問わず、マイノリティのために尽力した実在の政治家ハーヴェイ・ミルクの物語。ショーン・ペン主演。2008年製作。

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