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建築家・クマタイチが案内する、ゼロ年代「建築」の歴史

ゼロ年代の様々なカルチャーを、現在シーンの一線で活躍する案内人による解説(歴史編)と、当時を知る証言者との対談(対談編)の交互で読み解いていく連載。今回は建築家・クマタイチが案内する「建築」歴史編。

text & edit: Ryota Mukai

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案内人・クマタイチ

「建築は、できるだけ事前情報を入れず、まっさらな状態で体験したい」と話す建築家・クマタイチさん。訪ねてきた場所を思い返しつつ、ゼロ年代のシーンを教えてくれた。

シンプルな形態の名建築が次々に誕生!オーガニックな素材を活用する新スタイルが今に引き継がれている

いつの時代も建築家は「見たことがないものを造りたい」と思っているものです。それはゼロ年代も同じ。ただ、大きな傾向はあったと思います。その最たるものが、シンプルなダイアグラムを持つ建築。ダイアグラムというのは建築物の構成要素や関係性を図式的に表したものです。ここでは単純に、建物の形くらいに思ってください。

それがシンプルというのは、円や平面など、ごく簡単な形態であるということです。円でいえば、妹島和世さんと西沢立衛【A】さんのユニットSANAA【B】が手がけた〈金沢21世紀美術館〉が象徴的な例。空から見ると円形ですね。総ガラス張りで「透明な建築」であることも大きな特徴です。

また、円を突き詰めた例として、群馬県に2005年に建てられたヨコミゾマコトさんによる〈富弘美術館〉も外せません。大小33個の丸い部屋からできていて、展示室はもちろん、お客さんの目に触れない事務所や収蔵庫まで徹底して円になっている。

平面といえば、ロンドンの建築設計事務所FOAが手がけた〈横浜港大さん橋国際客船ターミナル〉。地下1階、地上2階と分かれていますが、大きな1枚の平面が波打ちながらフロアを造る形になっています。内部に柱はなく、いかに平面を建築化するかが考え込まれているんです。形がシンプルな一方、それを支える構造は非常に複雑でもあります。実際、〈大さん橋〉の1階駐車場フロアの天井はかなり入り組んでいます。

こうした非常に手が込んだ建築ばかりなので当時はお金があったんだなあと羨ましくも思います(笑)。クライアント側にも魅力的な建築を求めるモチベーションがあったのだと思います。

例えば、ゼロ年代の前半には都内に新たなブランドショップが続々現れました。01年には約1万5000個のガラスブロックからなる〈銀座メゾンエルメス〉、03年には菱形のガラスで覆われた彫刻的な〈プラダ 青山店〉が竣工。前者はレンゾ・ピアノ、後者はヘルツォーク&ド・ムーロンの設計です。

ゼロ年代に始まったことではないですが、現代になるにつれて、建築はその「空間」よりも内側にある「モノ」が注目されがちだと感じています。単純に言えば、インテリアがない「空間」の魅力はなかなか語られることがない。実際、写真にわかりやすく写るものではなく体験するのが一番なので説明は難しいのですが。

そんな「空間」の魅力を教えてくれるのが西沢立衛さんの仕事だと思っています。〈森山邸〉は10棟からなる小さな集合住宅ですが、建物自体はシンプルな白い箱。その配置やサイズに、ほかにない空間への思想を感じるんです。

11年竣工の〈軽井沢千住博美術館〉を歩けば、自然の中にいるかのように視界の広がりを感じたり足の運びの変化を感じる。そんな感覚を、コンクリート・ガラス・鉄と、ミニマルな要素だけで味わわせてくれることは空間の魅力の一つだと思うんです。

また、ゼロ年代はテン年代を準備したとも言えます。伊東豊雄【C】さんやSANAAをはじめ、日本で印象的な仕事をした方々が一層海外で仕事をするようになりました。伊東さんが手がけた〈せんだいメディアテーク〉、先述の〈金沢21世紀美術館〉をはじめ、ガラス張りの「透明な建築」が世界に広がっていった。

また、2000年に竣工した隈研吾事務所設計の〈那珂川町馬頭広重美術館〉のように木をはじめとするオーガニックな素材を生かした建築は、特にテン年代以降、ポピュラーなスタイルになりつつある。世界を見れば、ジェフリー・バワに代表されるリゾート建築などの先例はあります。ただ、日本の建築の文脈にフィットする形で展開されているのは特徴的。

ダイアグラムとオーガニックという日本の建築のうねりが始まったのが、ゼロ年代です。この2つは距離をとりながら、時に交わりながらも大きな流れとしてまだ続いていきそうです。

2000

栃木県那珂川町〈那珂川町馬頭広重美術館〉(設計/隈研吾)が竣工。
宮城県仙台市〈せんだいメディアテーク〉(設計/伊東豊雄)が竣工。

2001

東京都中央区〈銀座メゾンエルメス〉(設計/レンゾ・ピアノ)が竣工。

2002

兵庫県神戸市〈兵庫県立美術館〉(設計/安藤忠雄)が竣工。
神奈川県横浜市〈横浜港大さん橋国際客船ターミナル〉(設計/FOA)が竣工。

2003

東京都港区〈プラダ 青山店〉(設計/ヘルツォーク&ド・ムーロン)が竣工。

2004

広島県広島市〈広島環境局中工場〉(設計/谷口吉生)が竣工。
香川県直島町〈地中美術館〉(設計/安藤忠雄)が竣工。
石川県金沢市〈金沢21世紀美術館〉(設計/SANAA)が竣工。
アメリカ・ニューヨーク〈ニューヨーク近代美術館(MoMA)〉が増改築される(設計/谷口吉生)。
東京都港区〈TOD'S表参道ビル〉(設計/伊東豊雄)が竣工。

2005

群馬県みどり市〈富弘美術館〉(設計/ヨコミゾマコト)が竣工。
東京都大田区〈森山邸〉(設計/西沢立衛)が竣工。

2006

東京都渋谷区〈表参道ヒルズ〉(設計/安藤忠雄)が竣工。
青森県青森市〈青森県立美術館〉(設計/青木淳)が竣工。

2007

東京都八王子市〈多摩美術大学図書館〉(設計/伊東豊雄)が竣工。

2008

神奈川県厚木市〈KAIT工房〉(設計/石上純也)が竣工。
東京都新宿区〈モード学園コクーンタワー〉(設計/丹下憲孝)が竣工。
中国・北京市〈CCTV〉(設計/OMA)が竣工。

2009

東京都港区〈根津美術館 本館〉(設計/隈研吾)が竣工。
スペイン・バルセロナ〈トーレス・ポルタ・フィラ〉(設計/伊東豊雄)の2棟のうち1棟が竣工。
神奈川県横浜市〈ヨコハマアパートメント〉(設計/西田司)が竣工。
スイス・ローザンヌ〈ロレックスラーニングセンター〉(設計/SANAA)が竣工。

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