案内人・鈴木健太
ゲスト・高崎卓馬
インターネット以前、テレビという名の「リング」があった。失われた体系を求めて模索は今も続いている
鈴木健太
ゼロ年代は大きく前半・後半に分かれるのではないかと感じています。前半は伝統的なテレビCMカルチャーの盛り上がりが継続していた時期。後半はインターネット広告の黎明期で、混乱と実験に満ちていたのではないかと思うんです。
高崎卓馬
ゼロ年代の前半は真ん中にテレビがありました。それはいわば格闘技のリングのようなもので、全員が同じ目線でより面白いものを作ろうと切磋琢磨していた。例えば日曜日に新しいCMが流れると、月曜にはあれお前か?と誰かがチェックしてきたり。
鈴木
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌の4マスが機能した時代ですね。
高崎
打ち合わせの始めに「今どこが空いているか?」をまず話すんです。ウェットなCMが多いからドライな方向で作っていこうとか、今こそストレートなものを、といったように。それは面白い一つのCMがあるのではなくて、“面白いCMの体系”を俯瞰できたから。作り手はもちろん、視聴者も含めたみんなで大きな山を作っているような感覚がありました。
鈴木
2000年までに築かれてきた「リング」が成熟していたんですね。
高崎
だからこそセンスが大事で。もうすでに流行っているもので作るなんて恥ずかしくてできなかった。テレビがそもそもメジャーなものだからカルチャーとして尖れば尖るほど刺さった感じがあります。
鈴木
そこまでされていたんですね……。まさにそんな前半期、01年に現在のACのCM「IMAGINATION/WHALE」【A】を手がけられています。CMというより作品が流れてきたと子供ながらに強く衝撃を受けました。
高崎
あれはちょっと変わったCMなんです。というのも、そもそもテスト用で当初放映予定はなくて。
鈴木
……どういうことですか?
高崎
当時、BSデジタル放送がスタートして、チャンネル数が増えました。そこで、「長尺のCMを流せますよ」とPRするための映像を制作してほしいという依頼があったんです。作るときから、テストで終わるものかと考えていました。完成後にACに相談をして、採用してもらいました。
鈴木
初めて聞きました。そんな経緯があったんですね。なぜこのテーマを作ろうと思われたんですか?
高崎
元を辿れば90年代の後半に、世界三大広告賞の一つ、カンヌライオンズ【B】に行ったんです。スクリーンに延々流れる世界のCMがどれも面白くて。上映中は劇場にこもってひたすらメモを取り、夜はホテルの部屋で清書する日々。
自分が好きなこの場で評価されたいと思って作ったのが「IMAGINATION/WHALE」。だから言葉がなくても伝わるようになっています。こうした映像文法も、カンヌライオンズで学んだものの一つでした。また画角が当時は珍しい16:9だったので、編集にとても手間がかかったのも印象に残っています。
鈴木
16:9が一般的になるのはゼロ年代後半なので、相当早い例ですね。また、長尺といえばウェブの強みでもあります。ゼロ年代後半はどのように感じていらっしゃいましたか?
高崎
インターネットが一般化し始めた頃のウェブ広告は、テレビCMを補完する役割を担ったり、新しい表現の実験の場だったり、まだまだ原始の時代でした。
予算はないけれど、自由はあったので、みんなが試行錯誤していましたね。僕もかつての「リング」ではできないものをそこで作りまくりました。振り返れば、かわいくて面白い時期かもしれません。
それから、ゼロ年代を通してダイヤルアップ接続から、ADSL、光回線【C】とインターネットの通信速度が飛躍的に向上しました。そのときその可能性の大きさに薄く恐怖は感じていたかもしれません。海を初めて見たみたいに。
鈴木
以来、現在に至るまで広告の手段は大きく拡張しましたね。「リング」の比喩を使えば、そのフィールドがグッと広がったようにも思います。一方で、全体的に薄まったような感じもします。当時、高崎さんはどのように仕事に取り組まれたのですか?
高崎
面白いものを作ることと、それが面白いと気づいてもらうこと。そのために2回企画するという感覚が当時からずっと変わらずあります。360度考えなければいけなくなったのはこの頃からです。
逆に言うとそこまでやればなんとかなる。そうしているうちに会社の中でもCDC(コミュニケーション・デザイン・センター)【D】という部署ができて。でも今に至るまでずっともがいていますが、あの頃の「皆が見ているリング」で表現ができるという甘美な感覚はもうどこにもないかもしれないですね。
その感覚を追うのではなく、別の果実を探すという意識にそのうちなっていきました。
鈴木
僕も体験したかったです……。
高崎
体系がないからこその面白さもある。とことん再構築できる時代でもあるし、そもそも周りと同じ北極星を探し、目指す必要がない。自分が作りたい映像をイメージして、結果、高く飛んでいけば観てくれる人はきっといます。