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築40年、緑の建築家が遺したタウンハウスの名作に住む

朝目覚め、ベッドで日の光に包まれる。手間をかけてランチを作り、丁寧に淹れたコーヒーで小休止。家にいる時間は最高の贅沢だ。リビング、キッチン、ベッドルーム、レコードや本、家具と道具、住む場所と機能。いつもより長く家にいられるのだから、家について、ライフスタイルについて考えてみる。

Photo: Keisuke Fukamizu / Text: Tami Okano

家は体験と学びの場所。
暮らしながら、住まいの豊かさを考える。

家選びの理由や決め手となる事柄は、人それぞれ、様々だ。駅への近さから選ぶ人もいれば、周辺環境が最優先、窓からの眺めで決める人もいる。グラフの服部滋樹さんがこの家を選んだ理由は、建築家、石井修の設計だったから。

「とにかく石井さんの建築が好きで、代表作の一つでもあるここ〈ドムス香里〉の空間を、暮らしの中で“体験”したかったんです」

居住空間学 ブルータス
レンガの壁で囲まれた前庭の横を通って玄関へ。生後1ヵ月の次男を抱く服部さんと、人懐っこい2歳の長男。服部さんは〈ドムス香里〉内でのイベントを企画するなど、コミュニティづくりにも力を注いでいる。

石井は1922年に奈良県で生まれ、関西を中心に活躍。地形を生かし、緑と共生した住宅を数多く手がけたことで知られる。建物を木々で覆い、時には地下に埋めるようにして隠し、きらびやかな外観より、自然とともにある豊かな内部空間を目指した。服部さんは学生時代から石井の名を知ってはいたが、10年ほど前、石井の自邸〈回帰草庵〉を見てからというもの、その魅力にどっぷりとハマり、「いつかは石井建築に住みたい」と思ってきたという。

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大阪府寝屋川市。服部滋樹さんが住むタウンハウス〈ドムス香里〉。1981年の完成で賃貸棟は全17戸。設計は「緑の建築家」とも呼ばれた石井修。春夏は敷地内の木々が建物を覆うようにして木陰を作り、葉が落ちる秋冬には暖かな日差しが降り注ぐ。

「〈ドムス香里〉はいわば現代長屋で、なかなか空きが出ないんですけど、タイミングよく、3年前に入居できました。入る際には設計図や竣工当時の仕様書を取り寄せ、床をカーペットに戻したり、できるだけオリジナルの状態で暮らすことを考えました」

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リビングの一角。階段下に自作した棚はホームセンターで買ったコンクリートブロックと構造用合板を組み合わせただけのもの。自作の家具や家の住みこなし方に服部さんのおおらかで飾らない人柄が見てとれる。
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2階の階段室。写真左手の光の差す方が西側の書斎。扉を開け放つと風が真っすぐに通る。壁はコンクリートに白ペンキ。床は以前の住人が塩ビシートにしていたが竣工当時の仕様に沿ってカーペットに張り替えた。

室内はスキップフロア形式のメゾネットで、間口は3.8mと狭いが奥行きはその4倍近くある。西側の前庭から東側の後庭へと縦に貫く抜けの良さは想像以上。何より心地いいのは、ケヤキの大木がすっくと伸びる中庭の存在だ。

「東西面で採光と通風がとれて、中庭を境にしたスキップフロアで暮らしのシーンが切り替わる。住んでみて、ここ、本当によくできてる! って、感動しまくりです。一番感じているのは、光の美しさですね。ちょっと暗いダイニングに中庭からの日差しが差し込む冬の朝なんて、最高です」

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玄関を入って1階の右手がダイニング、正面、中庭の向こうがリビング。縦に長い空間を東と西でゆるやかに分けたスキップフロア形式が、空間に心地よいリズムをもたらしている。中庭に植えられているのはケヤキ。
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低い天井で洞窟のような趣のダイニング。ペンダントライトは20代の頃にイギリスで買ったもの。「物持ちはいい方です」。キッチンはクローズドだが玄関横の前庭へと続いているため明るく、閉塞感はない。

「東西面で採光と通風がとれて、中庭を境にしたスキップフロアで暮らしのシーンが切り替わる。住んでみて、ここ、本当によくできてる! って、感動しまくりです。一番感じているのは、光の美しさですね。ちょっと暗いダイニングに中庭からの日差しが差し込む冬の朝なんて、最高です」

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1階の東端に位置するリビング。玄関やダイニングと同じ1階ながら、階段を4段下がっているからか、半地下のように静かで、独立感がある。本棚は服部さんのDIY。建物の構造は鉄筋鉄骨コンクリート造。
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リビングは敷地東側の後庭へと続く。間口は3.8m。「こぢんまりと落ち着けるサイズ」と服部さん。住戸内は1階から3階までのメゾネットで、どの階も中庭を境に高低差をつけたスキップフロア形式になっている。

コロナ禍以降、在宅時間が増え「家という場所が支えるものの大きさを改めて考えた」と服部さん。

「今までは職場が外の世界と繋がってたけど、今は家の書斎や暮らしの場そのものがダイレクトに世界と繋がっている感覚がある。だからこそ居住空間が豊かで、日々、その場に対して何らかの発見があるのは大事なんですよね。そういうことも、石井さんの建築に暮らしながら学んでいる気がします」

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クローズドキッチンの内部。シンクやコンロの反対側の壁には、服部さんがDIYで棚を付けた。キッチンはダイニングと同等、6畳近い広さがあり、前庭から直接アクセスできるためゴミ出しにも換気にも困らない。
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〈ドムス香里〉の特徴の一つが、直径30㎝ほどの半円が連続する、コンクリートのボールド天井。陰影がつくため空間が柔らかく、時にドラマティックな印象に。2階の洗面室には小さな天窓も並ぶ。
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この家で最も広い部屋でもある3階の寝室。黄色い馬足に合板をのせただけの簡易デスクは妻の知香さんのワークコーナー。椅子は1973年にトーネット社から発表されたゲルド・ランゲのフレックスチェア。