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築40年、緑の建築家が遺したタウンハウスの名作に住む

自分にとって心地がよく快適な場所とは、どんな空間なのだろう。必要なものだけに囲まれる心地よさ。時の流れがゆったりした場所で過ごす豊かさ。自由で気持ちのいい居住空間には、魅力的な住まい方のヒントがある。〈graf〉代表・服部滋樹さんが語る、大切な住まいについての話。

初出:BRUTUS No.938「居住空間学2021」(2021年5月1日発売)

photo: Keisuke Fukamizu / text: Tami Okano

家は体験と学びの場所。暮らしながら、住まいの豊かさを考える

家選びの理由や決め手となる事柄は、人それぞれ、様々だ。駅への近さから選ぶ人もいれば、周辺環境が最優先、窓からの眺めで決める人もいる。〈グラフ〉の服部滋樹さんがこの家を選んだ理由は、建築家、石井修の設計だったから。

「とにかく石井さんの建築が好きで、代表作の一つでもあるここ〈ドムス香里〉の空間を、暮らしの中で“体験”したかったんです」

居住空間学 ブルータス
レンガの壁で囲まれた前庭の横を通って玄関へ。生後1ヵ月の次男を抱く服部さんと、人懐っこい2歳の長男。服部さんは〈ドムス香里〉内でのイベントを企画するなど、コミュニティづくりにも力を注いでいる。

石井は1922年に奈良県で生まれ、関西を中心に活躍。地形を生かし、緑と共生した住宅を数多く手がけたことで知られる。建物を木々で覆い、時には地下に埋めるようにして隠し、きらびやかな外観より、自然とともにある豊かな内部空間を目指した。

服部さんは学生時代から石井の名を知ってはいたが、10年ほど前、石井の自邸〈回帰草庵〉を見てからというもの、その魅力にどっぷりとハマり、「いつかは石井建築に住みたい」と思ってきたという。

服部滋樹(graf代表)の家
低い天井で洞窟のような趣のダイニング。ペンダントライトは20代の頃にイギリスで買ったもの。「物持ちはいい方です」。キッチンはクローズドだが玄関横の前庭へと続いているため明るく、閉塞感はない。

「〈ドムス香里〉はいわば現代長屋で、なかなか空きが出ないんですけど、タイミングよく入居できてラッキーでした。入る際には設計図や竣工当時の仕様書を取り寄せ、床をカーペットに戻したり、できるだけオリジナルの状態で暮らすことを考えました」

室内はスキップフロア形式のメゾネットで、間口は3.8mと狭いが奥行きはその4倍近くある。西側の前庭から東側の後庭へと縦に貫く抜けの良さは想像以上。何より心地よいのは、ケヤキの大木がすっくと伸びる中庭の存在だ。

「東西面で採光と通風がとれて、中庭を境にしたスキップフロアで暮らしのシーンが切り替わる。住んでみて、ここ、本当によくできてる!って、感動しまくりです。一番感じているのは、光の美しさですね。ちょっと暗いダイニングに中庭からの日差しが差し込む冬の朝なんて、最高です」

コロナ禍以降、在宅時間が増え「家という場所が支えるものの大きさを改めて考えた」と服部さん。

「今までは職場が外の世界と繋がってたけど、今は家の書斎や暮らしの場そのものがダイレクトに世界と繋がっている感覚がある。だからこそ居住空間が豊かで、日々、その場に対して何らかの発見があるのは大事なんですよね。そういうことも、石井さんの建築に暮らしながら学んでいる気がします」

居住空間学 ブルータス
大阪府寝屋川市。服部滋樹さんが住むタウンハウス〈ドムス香里〉。1981年の完成で賃貸棟は全17戸。設計は「緑の建築家」とも呼ばれた石井修。春夏は敷地内の木々が建物を覆うようにして木陰を作り、葉が落ちる秋冬には暖かな日差しが降り注ぐ。