ドラッグにまみれた
絶望的な暮らしに訪れる
“やさしい瞬間”
リスボン市内にある取り壊し中のスラム街フォンタイーニャス。『ヴァンダの部屋』は、そこで暮らす麻薬まみれの人々の日常を、息を呑むほど美しいフィックスショットのみで映し出す。絶望的な生活だ。しかし、映画はそのさなかにもつかの間きざす“やさしい瞬間”を見逃さない。
とりわけ印象に残るのは、主人公格のヴァンダと隣人の男が、彼女の家のベッドの上で会話するシーンだ。ヴァンダは他愛のない話をブツブツつぶやき、男はそれに耳を傾け続ける。男は燃えるように赤い花束を抱えているのだが、ヴァンダはそれにまったく触れない。

男が動きだすのは、とてつもなく長いヴァンダの話が終わり沈黙が訪れたとき。去り際に、「これいる?」とようやく口にするのだ。売りつけられるのだと思って「いや、金ないから」と断るヴァンダに対し、男は言う。「あげるから、いい花瓶に飾ってあげて」。なんと微笑ましい瞬間だろう。
男はヴァンダに想いを寄せていたのかもしれないのだが、定かじゃない。確実なのは、いかに絶望的な暮らしを強いられた人々の中にも、必ずややさしさが残っているということだ。『ヴァンダの部屋』が教えてくれるのは、そんなことにほかならない。