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写真家・深瀬昌久の生涯を描く映画『レイブンズ』が公開。監督のマーク・ギルにインタビュー

妻・洋子を被写体にした写真で、1970年代に脚光を浴びた写真家、深瀬昌久。だが洋子への偏執的な愛は、やがて彼を破滅へ追いやり───。映画『レイブンズ』は深瀬の波乱に満ちた生涯を、史実に忠実に、一方で独創的な仕掛けを施しながら、鮮烈に描き出す。イギリス出身のマーク・ギル監督は、日本でも決して著名とは言えない写真家に、なぜ魅了されたのか。

photo: Jun Nakagawa / text: Yusuke Monma / edit: Emi Fukushima

妻への愛を写し、その愛に破滅した、ある写真家の物語

———再評価が進んでいるものの、深瀬の名は日本でもそこまで一般的ではありません。彼を知るきっかけは、彼と妻・洋子の関係に焦点を当てたイギリスの新聞記事だったそうですね。

マーク・ギル

もともと日本の文化が好きでしたが、その記事に触れた瞬間、映画作家として自然に思いました。深瀬の物語を探求したいと。リサーチを進めるに従い、彼の混沌とした人生を知り、彼が撮った写真に魅了されていきました。

カラスを写した写真が世界的に高く評価されていますが、それ以前の彼の写真は洋子との関係性から生まれています。もしかしてカラスの写真すら、洋子と離別した悲しみから生まれたのかもしれない。リサーチの過程では洋子さん本人にも話を聞くことができ、深瀬の関係者の協力を得て、この物語を作り上げていきました。

———深瀬が洋子との関係に葛藤を抱き、次第に狂気に駆られていく様子が、本作ではまざまざと描かれます。

ギル

すべての結婚生活が葛藤を伴うものですが、深瀬と洋子の場合、端(はな)から破局を迎える運命だったような気がします。写真家として認められたいと切望する深瀬だけでなく、モダンな女性だった洋子にも、表現者としての野心があった。2人の間には競争心があったはずです。でも悲しい運命が予見できたにもかかわらず、2人には心の準備ができていませんでした。

———本作は実在の人物をリアリスティックに描くと同時に、幻想的なカラスの化身を登場させ、そこに深瀬の葛藤を映します。

ギル

深瀬の関係者にリサーチして、彼には2つの顔があったことがわかりました。クレイジーな酔っ払いの顔と、しらふのときの静かな顔です。静かなときの彼の内面をどう表現するかを考えたとき、背丈が7フィートあるカラスのイメージが思い浮かびました。

———カラスの化身は、深瀬の心の闇を代弁しますが、このように独創的な脚色は、実話に基づく日本の映画ではきわめて稀です。

ギル

それが可能になったのは、洋子さんをはじめ、深瀬の関係者と信頼関係を築くことができたからです。カラスの化身は、改稿を進める途中で脚本に登場しましたが、みんなそれを読んですぐに気に入ってくれました。

———深瀬を演じる浅野忠信さんは、これまでの彼の作品でもベストと言っていい演技を見せています。以前から彼の存在は知っていましたか?

ギル

イギリスで『殺し屋1』を観て、一目で恋に落ちました。それ以降、ずっと彼のキャリアを追いかけ続けていました。本作の製作を始めたとき、想定するキャストリストをプロデューサーに提出しましたが、深瀬役には浅野さんの名前しか書きませんでした。彼が無理なら、この作品は実現しないとすら思っていたんです。コロナ禍に初めてリモートで顔合わせをしたんですが、すぐに「Fuckin' Do It!」という状態になりました(笑)。

———あっという間に意気投合したんですね。本作の素晴らしい演技を、彼からどうやって引き出しましたか?

ギル

彼と実際に会うことができたのは衣装合わせのときでしたが、その様子を見てパーフェクトだと思いました。彼は本当に優れた俳優です。監督の仕事は90%がキャスティング。キャスティングが終われば、あとは俳優を信頼して、やりたいようにやってもらうことが大切です。信頼することが、いちばんの仕事と言っていいかもしれません。僕は監督として、ただ彼の言葉に耳を傾け、彼の演技を見ていた。結果的に彼は、素晴らしい仕事をやってのけてくれました。

マーク・ギル
『レイブンズ』
監督:マーク・ギル/出演:浅野忠信、瀧内公美/1992年に脳障害を負い、闘病生活の末、2012年に亡くなった鬼才・深瀬昌久の生涯。洋邦の音楽を織り交ぜ、純粋だった写真家の悲哀を描き出す。3月28日、TOHOシネマズ シャンテほかで全国公開。