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あなたはマクルーハンを知っていますか?渋谷慶一郎×嶋浩一郎

「すぐには役に立たない情報の中に、本質的な知恵が見つかる」というコンセプトのもと、毎回1人の人物をテーマに選び、掘り下げる。『ラジオ第二外国語』は。音楽家の渋谷慶一郎と編集者の嶋浩一郎の博識な両名が、まじめな情報と愉快な雑談を繰り広げる30分番組だ。

Photo: Kenya Abe / Text: Chisa Nishinoiri / Hair&make: Kosuke Abe (traffic)

嶋浩一郎

番組を始めて5年目ですが、なんと今日は初のゲスト、『ブルータス』の編集長・西田善太さんをお迎えしています。3月1日発売号で、3回目のラジオ特集をやると。

西田善太

そうです。在京キー局で『ブルータス』と一緒に番組を作ったりして、同じコンテンツが別メディアで使われるという試みです。雑誌でのこの番組の伝わり方と音声で聴く番組の伝わり方の違いを、ぜひお楽しみいただきたいという。

渋谷慶一郎

まさにメディアミックスですね。

そういうわけで、渋谷さん、今日ピックアップする人物をお願いします。

渋谷

ハーバート・マーシャル・マクルーハン。

マクルーハンの『メディアはマッサージである』
マーシャル・マクルーハンとは!?
1911年生まれ。カナダの英文学者、メディア・文明評論家。あらゆる視点からの斬新かつ独自のメディア論を発表し、「メディアはメッセージである」と主張。ほかにも「ホット」と「クール」なメディアという分類や、グローバル・ヴィレッジ(地球村)のような分析、視点など様々な理論を展開。60年代にマクルーハン旋風を巻き起こした。学者の間では賛否両論に分かれ、実証的な検討がないとの批判も。著書に『機械の花嫁』『グーテンベルクの銀河系』『メディア論』など。70年にカナダ勲章を受ける。1980年にオンタリオ州トロントで69歳で死去。

メディア評論ですごく知られた人なんですけど、もともとは英文学者。マクルーハンいわく、メディアというのは環境化する。環境と一体化しちゃうから、その中でずっぽりハマって育っちゃった人は、そのメディアが何者かということが理解できない、と。

ちょうどマクルーハンがスターになった1960年代って世界中でテレビというメディアが出てきた頃。テレビが世の中にとてつもない影響を及ぼしているんじゃないかということをみんな気づき始めていて、今までと違う価値観とか生活が始まろうとしていた。

渋谷

そうですね。

マクルーハンのすごくいい言葉があって、彼はこういうアフォリズムが大好きなんですけど、「水は誰が発見したのか僕たちは知らないけど、それは魚ではない」。
だから水の中にどっぷり浸かっている魚は決して水のことはわからない、という。

渋谷

うんうん。彼らしい。

そしてインターネットが出てきた時に、マクルーハンの書いたメディア論がもう一回フィーチャーされて、インターネットが作る未来というのはマクルーハンに学ぶところがあるよね、と。

渋谷

彼は『グーテンベルクの銀河系』という本を書いていて、あれがエッセンスだと思う。

もともと中世の英文学を研究していたんだけど、グーテンベルクが活版印刷を発明しちゃったことによって、それまでの文学の読まれ方がまったく変わっちゃったと。

渋谷

声の文化と文字の文化ということを彼は言っていますね。 

それまでの音声や体を動かして伝えることが自然から切り離されて本の中の理論になってしまった、と。

渋谷

メディアが内容を規定していくとも言っているし、それはネット以降も実証されていますね。

普通の感覚だと、本ができて便利になったし、大量にメッセージを伝えられる世の中が来たと思う。でもマクルーハンは人間が視覚に閉じ込められたと読み解いた。

で、テレビやラジオが出てきた時に、もしかしたら視覚に閉じ込められた人間をもう一回触感や聴覚の世界に取り戻してくれるんじゃないか、ということを期待した。

渋谷

触って知覚、理解するというのが一番原始的で、それが枝分かれして音声と文字に分かれるというのが彼の考え方。それでいうと、iPhoneやiPadって触りながら読むじゃないですか。しかも発光している。

いま本が売れないとか、本が読みにくくなったと言われるのって、光ってないからだと思うんです。デジタルな装置の光る知覚的刺激によって文字を読むことが一般的になり、紙の本という光っていないものを見る経験がイレギュラーになっている。

そして触れば自分の興味のままにどこでも行けて、我慢して読む必要もない。だから幼児返りするようになったのかもしれない。

西田

今僕すごいぐらついてしまったなぁ。というのも、母親のオッパイを吸う触覚から、人間は生つまり生きるということを意識している。人間は触覚抜きにして物事を感じることはできない。だから紙の本が残る理由は触覚だ、というのを自分なりのロジックにしてたわけです。
でも、iPhoneも触ってるということに気づかされてしまった。

渋谷

タブレットのおかげというかせいというか、今僕たちは、マクルーハンが言っていた文字、音声に分かれる前の段階、触って理解するということに戻っている。これは彼も予想してなかったかもしれないなぁ。

ラジオはホットなメディア。テレビ、電話はクール。

彼はホットとクールでメディアを分類しています。ラジオがホットでテレビや電話がクール。ラジオと電話を比較すると、電話は受け手が自由に返したりできるでしょ。要は余白があるものがクール。

だからジャズはセッションで生まれていくからクールな音楽だと捉えていたみたい。サンプリング感覚やジャズのインプロビゼーションみたいな感覚も、マクルーハンのもう一つの特色だと思うんです。アフォリズムが大好きで、やたらとメモしまくっていた。で、その行動は編集者っぽい。

渋谷

『グーテンベルクの銀河系』はめちゃくちゃ編集的ですよね。

アフォリズムがタイトルになっていることが多くて、章立ての仕方があっちこっち行ったりするところも含めて、物事の本質の輪郭線を描いている、みたいなモザイク的概念。

渋谷

逆に『メディアはマッサージである』は散文詩みたいな体裁。

西田

“メディアはメッセージである”というのが彼の一番有名な言葉。でもなぜか『メディアはマッサージである』という本も出てるんだよね。拡大縮小、写真がうまく使われて60年代っぽいすごくいいビジュアル本。

善太さん自身も、ラジオ番組をやられていますが、音声メディアとしてどう聴いていますか?

西田

アフガニスタンのことわざで、「恋の半分は声でできている」っていうのがあって、僕はそれを信じて生きているんです。昔からよく、声だけなら付き合っていいよ、とか、電話だけならいつまでも一緒にいたい、って言われてたんですよね。

渋谷

詐欺師に多いタイプですね。

西田

こらこら(笑)。
「声が良い」というのは「音が良い」じゃなく「ボイスが良い」ってこと。間とか調子、しゃべり方が良いということ。ラジオはしゃべり手のボイスが伝わる場所だなっていつも思う。楽しかったなという感覚が体の芯に残るのが好きなんだよね。

渋谷

あと、ラジオの話って噂になりやすいんですよね。

まさにマクルーハンは、音声の方が相手との距離感が近くなるのであると明言してるんですよね。

渋谷

本質的には声の方が彼は好きなんですよね。音声文化オタク。

西田

本当は声が好き、とかね。

では渋谷さん、マーシャル・マクルーハンを一言でお願いします。

渋谷

声に恋した、メディアマッサージ師。うまいこと言えましたね。

ラジオはラブのメディアだということがわかりましたね。

渋谷慶一郎と嶋 浩一郎の対談
『渋谷慶一郎と嶋浩一郎の「ラジオ第二外国語」』 ラジオNIKKEI第1(東京)/毎月第3水曜日 22:00〜22:30