カクテルもまた「作品」である。見て、飲んで、感じる、新しい「展示」のあり方
店内はアイランド式のバーカウンターを中心に、入って右側の壁にはアート作品が展示されている。この展示は約2カ月に1回入れ替わるといい、ギャラリーさながらの内容だ。
展示が替わればメニューも新しくなり、その期間中だけ限定で楽しめる。ユニークなのは、アート作品と、バーテンダーが作ったカクテルが連動している点だ。どちらも同じテーマで創作された「作品」なのだ。
その新しい試みについて2人に話を聞いた。
こけら落としの展示を紐解くキーワードは「繰り返す」こと。3年前の記憶を見つめたとき、いま再び表現するもの
実は野村空人さんと小林茂太さんは、3年前にも「カクテル×写真」の共創をしていた。それは、野村さんのプロダクトブランド〈GOMI〉の立ち上げに始まる。
野村空人
当時、チームのユニフォームとして作った作務衣(さむえ)を、徳島の藍染チーム〈BUAISOU〉の協力で染めました。でも、ただ行って染めるだけだともったいないので、茂太くんに一緒に来てもらい、アーカイブ用に撮影してもらうことにしたんです。
小林茂太
元々は作品として撮影したわけではなかった写真でしたが、クローズアップしたときに、面白いモチーフが浮かび上がることに気づいたんです。例えば、空人さんが布を絞っている写真があって、その手元の藍の液体に寄っていく。そこをトリミングすると、空人さんの動きから生まれた波紋などに、抽象的で興味深い画を見つけることができた。ある一つの行為から生まれる余韻、余波という意味でそのまま《yoha》という作品名をつけました。
アーカイブにとどまらず、作品として昇華された写真は、作務衣のお披露目とともに展示され、そのイベントではオリジナルのカクテルが作られた。
現在開催中の〈Quarter Room〉の展示では、《yoha》と同じ写真のデータを扱いながらも、違う捉え方で作品を制作したという。
小林
3年前に空人さんが藍染をし、それを僕が撮影した。そのとき、空人さんは藍染体験を、もとにカクテルを作った。そして、それを僕は当時飲んでいて、今回また写真作品を作りました。そしてそれを見て、また違うカクテルを空人さんが作っている。そういう時間的な『繰り返し』があったんです。
今回展示されている作品は、平面でありながら不思議と厚みや奥行きを感じるものだった。手を伸ばせば、そこに布や液体の存在を確かめられるのではないかと思ってしまうような。それは時間的なレイヤーの厚みが定着したものだったのかもしれない。そんな小林さんの作品を、野村さんはどうやってカクテルに落とし込んだのか。
野村
茂太くんがコンセプトとしていた「染めと時間の繰り返し」、そのレイヤーを表現しました。《Cloud 9》は卵白を使うことで見た目のレイヤーを作りつつ、阿波番茶を入れることで味のレイヤーも作っています。見た目は真っ青なんだけど、ただ甘いだけではないカクテルに仕上げました。徳島で茂太くんと共有した体験を再現した部分もあります。当時、現地でモクテルを作ったのですが、《Beyond》はそのときに使ったスローイングという手法で作っています。また、青い色は既成の青いリキュールではなく、実際に染料になる実を押し潰してコアントローと混ぜたものです
「色を混ぜるように味を混ぜる」。「アート×カクテル」を構想するに至ったバックグラウンドとは
アート作品をカクテルに落とし込む、というお店の構想はどうやってできたものなのだろうか。実は野村さんは高校卒業後、アートの道を目指していたと語ってくれた。
野村
親父が武蔵野美術大学の芸能デザイン学科(現在の空間演出デザイン学科)を出ていた影響で、芸大を目指しましたが落ちてしまい、どうしようか迷ったときに訪れたロンドンが衝撃的で。21歳で移住を決めました。現地の美大に行くためにスクールに行っていたんですが、稼ぐため、かつ生の英語を学ぶために始めたのがバーテンダーでした。
最初はバイト感覚で始めたバーテンダーという職業だったが、働いていくうちに空間演出と繋がる部分を見つけたという。
野村
カクテルって見た目はもちろん、香りなども含めて絡み合う要素を構成していかなきゃいけないということを知っていったんです。それって空間演出だな、ということに気がつきはじめたとき、やっとカクテルを美味しく作れるようになって、ちゃんとバーの仕事をしようと意志が固まりました。
東京に帰ったあと、アーティストとのコラボカクテル開発や、バーのディレクションなどいろいろなプロジェクトを手がけるうちに、ロンドンにいた当時から感じていたカクテルとアートの親和性は「色を混ぜるように味を混ぜる」という表現に言語化できるようになったという。アーティストがペインティングするような感覚で、野村さんはカクテルを創作しているのかもしれない。
展示をするだけでは終わらない。アーティストとバーテンダーの共創関係から発展する、野村さんの今後の企て
約2カ月に1回入れ替わる展示では、2回目以降は細野晃太朗さんにアーティストの選定を任せるという。半蔵門〈ANAGRA〉の立ち上げ、運営をつとめ、現在は西荻窪のアートスペース〈HAITSU〉ディレクターとして活動している若きキュレーターだ。
野村
展示前にアーティストと対談をして、作家のバックボーンやスタイルを探っていき、そこからカクテルを制作をしていく予定です。そこでの対話をまとめて、展示を作っていく過程をアーカイブしたZINEのようなものも作りたいですね。あとは、例えば2023年のまとめとして、全作品を並べたコレクション展もやってみたいです。アート作品がずらっと並んでいて、制作したカクテルも全部飲めて。展示のたびに作ったZINEも、そのときに本としてまとめたりできたらかっこいいですよね。
小林
この場所でやることの面白みは、壁に作品を飾る、ということだけではなく「作家も共に考え、作る」ということだと思います。作家にとっても、新しい作品ができる体験になるかもしれません。
単にバーで展示をする、ということではなく、そこに至るまでに作家と対話し、共に作品を作ること。そしてそれをアーカイブしていくこと。一時的なもので終わらない、作家とバーテンダー、2人のアーティストの共創関係にこそ、この場所の面白さがあるのかもしれない。
野村
いろんなアートに出会って、そこからいろんなカクテルを作りたい。課題作品がたくさんあるようなイメージです。どこのバーでもやったことがないことをしたいし、作品ってもっといろんなところにあっていいんじゃないか、という提案を体現できる場所にしていきたいですね。
〈Quarter Room〉では、約2カ月に1回切り替わる「特別展示」以外にもさまざまなメニュー展開を構想しているという。
野村
「特別展示」「常設展示」「スケッチ」の3つのシリーズを展開する予定です。「常設展示」はずっとあるスタンダードドリンク。モディリアーニやキース・ヘリングなど、過去のアート作品にインスピレーションを受け、クラシックカクテルをツイスト(アレンジ)したもの。また、これから試していきたいのが「スケッチ」で、スタジオでラフに作ったものや、シーズナルの素材を使ったものを出していきたいと考えています。
そんな話を聞いていると、〈Quarter Room〉はギャラリーのようでありながら実験的な野村さんのアトリエでもある、そんな印象を受ける。ここは、アートとカクテルの世界を繋ぐ架け橋のような場所だ。領域を横断した関係性の中から、今後どんなクリエイションが生まれていくのだろうか。