京都のシーンを、
文字通りのゼロから作ってきた。
ここ10年ほどの京都を振り返ってみると、レストランやバーはもとより、中華、韓国料理、居酒屋……と多様な店で、ナチュラルワインがさりげなく選択肢に加わった。その陰の立役者は間違いなく、この人だ。
学生時代に興味を持ち、商社、ショップとワインに関わる仕事に就いてきた江上昌伸さんは、2000年代の初めアンジョリーノ・マウレ、ル・マゼル、パオロ・ヴォドピーヴェッツらのワインに出会う。「おいしいというよりは感動。生命の息吹を感じて驚きました」。
今となっては人気の造り手を次々と知り、興味を掻き立てられていった。「京都でもこの潮流を芽吹かせなければいけないという使命感と、この時点で気づいていたことへの自負もありました」と当時を振り返る。
ところが勤めている店で、長いスパンでワインと向き合うには限界がある。かくして06年に自店を立ち上げることとなった。扱うのは現在までブレることなく「ブドウを真っ当に、熟すまで育て、微生物の多様性と働きを信じる。そんな強い意志と哲学を持った造り手と、大地とに育まれた作品」だ。
当初は業務卸がほぼすべてだったが、より一般客が気軽に入れる場所として、この岡崎に店を開いたのは12年のこと。「これぞ、と思うものを飲食店に薦めても、おいしいけれど売るのは難しいと言う。それならもっと広く飲み手を啓蒙すれば、自信を持って売れるんじゃないかと。そこは自分が努力するべきことだと」。
いわば、飲み手を育てるべく開いたこの店は「窓口ができたことで、実は興味はあったレストランの店主たちがやってくるように」なり、それぞれの新たな扉を開くこととなった。とりわけ、生産者の顔が見える食材を意識する料理人にとって、同様のワインが手に入る喜びは想像に難くない。気づけば、京都の街にシーンが定着するのに、そう時間はかからなかった。
その真摯な姿勢に惚れ込む名だたるインポーターも多く、「京都なら彼に」と長く共に歩んできた。それだけに仕入れてから熟成させたボトル、稀少な銘柄も数多い。売れなければ時間が育むから、と無理に売らずにストックする。
ゆえに飲食店の取引先は京都にとどまらず増え続け、珍しいものも揃う、と足を運ぶ全国のファンも多数。18年にはレストラン〈デュプリー〉を開き、さらに間口を広げる役割を担う。すべてはワイン、造り手、そして京都への深い愛情ゆえ。この人がいるかぎり、京都はワインの街でもあり続ける。