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業界のトップに聞く。今、レトルトカレーはこんなに進化している!

レトルトカレーは製造法、味、売り上げで私たちの想像を遥かに超えた進化を遂げている。企画、製造、販売でレトルトカレー界のトップを走る3人に、最新事情を語ってもらった。

photo: Kaoru Yamada, Keiko Nakajima / illustration: Mariko Yamazaki / text: Haruka Koishihara

お話を伺った人:田中淑鏡知さん(36チャンバーズ・オブ・スパイス 代表)、竹田太造さん(スペーススパイス 代表)、野村茂宏さん(エース 経営企画室)

レトルト市場は戦国時代。

「新製品が登場しては消えるのが近年のレトルトカレー市場。恐らく毎年1000種類以上は出ていると思われます」(野村茂宏さん)

今や、スーパーのレトルトカレーコーナーでは熾烈な戦いが繰り広げられている。レトルトカレーの品揃えが群を抜いていると評判の食料品専門店〈北野エース〉の場合、棚でポジションを確保し続けられる商品は、取り扱ったもののうちわずか1〜2%程度だというから、いかに厳しいかがわかる。

「レトルトカレーは、比較的簡単に小さいロットでも作れるため、ご当地カレーも数えると、もはや把握できないくらい全国各地に存在しています。星の数ほどある中から、売り場で頭角を現せる商品は“安い”“おいしい”だけではない“買いたくなる理由”や“ストーリー性”のある商品ですね」(野村さん)

安いものなら100円前後から存在する中、〈北野エース〉のボリュームゾーンは400円台だが「“300円以上のレトルトカレーは売れない”という過去の定説を塗り替えたのは北野エースさんですね」(竹田太造さん)。その契機となったのが、2009年に編み出された独自の売り場展開だ。「実は偶然の産物でした。パッケージの正面を見せる陳列方法では商品が入り切らなくなったため、本棚に並ぶ本のように箱の側面を見せて差し込むスタイルで並べてみたんです」(野村さん)

これが話題を呼んだことで、知る人ぞ知る、だったご当地カレーや高級レトルトの認知度も上がり、手に取られる機会が増えて売れる商品に。

北野エース「カレーなる本棚®」
北野エースの「カレーなる本棚®」は、その名の通りレトルトカレーの箱を、まるで本のように棚差しして陳列するスタイルで人気。

レトルトがルーを上回った!

社会構造が変化し単独世帯の増加による「個食」や、共働き家庭が増えたことによる「簡便・即食」需要が高まるにつれレトルトカレーのニーズは少しずつ伸びていた。一方ルーは、調理する必要があるうえ1箱で作れる量が多いことから選ばれにくく。また、2011年の東日本大震災を契機に「非常時に備えられる食品」として改めて評価されるようになったのも、レトルト伸長の理由だ。

「3.11の際、久しぶりにレトルトカレーを口にしたシニア世代が“昔食べたものよりおいしくなっている!”と、レトルトカレーの進化に気づいたケースは多かったようです。かつてのレトルト=手抜きのイメージを払拭できたことで、普段の食事の選択肢にも加わったといわれています」(竹田さん)

加熱方法、包材の改良など、各メーカーの技術開発の努力によりレトルトのクオリティは着実にアップしている。様々な理由が重なって、2017年にはついにレトルトカレーの販売金額が、ルーのそれを上回るまでになったのだ。

ルーvs.レトルトの販売金額の推移グラフ
市場では長らくルーが優勢だったが、2013年頃からレトルトがじわじわと売り上げを伸ばし、17年に逆転!以降、優勢が続いている。*出典:インテージ 食品SRIデータ

コラボ、2種盛り、別添etc.。

市場の活況は、商品の多様化にもつながった。おいしいと評判のカレー店の味をレトルト化する「有名店コラボ」商品は、増加の一途。S&B、ハウス食品といった大手メーカーも、それぞれ専門ブランドを立ち上げ、街の人気店の味を再現した商品を次々に発売している。

そうした有名店コラボレーションの先駆け的存在が、竹田さんが2014年に手がけた「LOVE INDIA」だろう。〈スパイスカフェ〉〈シバカリーワラ〉など竹田さんが培った名店ネットワークから生まれたレトルトカレーは、カレー好きの間で評判に。

そして現在、マニアが熱い視線を注ぐのは田中淑鏡知さん率いる〈36チャンバーズ・オブ・スパイス〉。〈般°若〉〈piwang〉など、個性派カレーを次々にレトルト化。お店の味を再現するためならホールスパイスもしっかりと使い、工程に手作業を盛り込むことも厭わない。原価が高くなると敬遠されがちな「別添」こと小袋スパイスを採用する商品も。「ロットの問題で本来は大手メーカーしかできないんだけども、田中さんはやっちゃう。変態ですよね(笑)」(竹田さん)

大手メーカーも、1箱に2つの味のカレーを入れて“合いがけ”を提案する商品もリリースするなど「簡便さ」が支持されていたはずのレトルトカレーの本格化が加速中だ。

レトルトカレー「LOVE INDIA」
竹田さんが手がけた「LOVE INDIA」は有名店レトルトのはしり。

レトルトはどう進化する?

竹田さんは、かつて在籍していたレトルト食品専門会社〈にしき食品〉で、小麦粉を使わないインドカレーの開発を推し進めた。「欧風カレーと違って粘度のないインドカレーは味が安定しないんです。小麦粉の代わりにタマネギを増やしたりトマトピューレを加えるので当然原材料費は上がるけれど、そうした工夫はカレーをわかっている人には伝わる」(竹田さん)。

田中さんは“レトルト臭”と呼ばれる独特のにおいが出ない商品作りに心を砕く。「工程の手間を惜しまず商品価値を高めよう!という意識を共有してくれる会社と絡んでいます。カレーの経験値が高いお客さんが増えた今、小手先の技は通用しない」(田中さん)

消費者の要求レベルは高まる一方のレトルトカレー。これからクリアするべき目標点は何なのか?
「スパイスの使い方はこの10年で業界全体が向上したので、課題は具材の食感ですね。野菜をよりおいしくするために素揚げにするか、それとも干すか。まだまだ挑戦する余地はあると思います」(竹田さん)

味のみならず商品コンセプトへの期待値も高い。「弊社だからこそできる、ほかとは違うぶっとんだものを手がけたい!」(田中さん)

大阪〈虹の仏〉が監修した「出汁キーマ&ガーリック・ダル」、〈アンジュナ〉藤井正樹とコラボした「カルダモン香るマトンキーマ」、北海道札幌発「トレジャーのハンバーグスープカレー」
左から/「出汁キーマ&ガーリック・ダル」、「カルダモン香るマトンキーマ」、「トレジャーのハンバーグスープカレー」