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いま知りたい、新世代の器作家・広瀬陽。七宝焼の素地を極めた揺らぎのある白の器

国内のみならず、海外からも注目を集める若手作家の台頭が目覚ましい。先達たちが築いてきた日用の器の美しさやアートとしての挑戦の先に、新世代の器作家たちは、いま何を考え、何に夢中になっているのか。1990年生まれの器作家・広瀬陽のアトリエを訪ね、聞きました。

photo: Yoichi Nagano / text: Asuka Ochi / edit: Tami Okano

白が揺らぐかのような、独特の表情を纏(まと)う広瀬陽の器。その製法は意外にも、豪華絢爛な調度品などに用いられる七宝焼の技法である。これらの作品を発表したのは2019年、29歳で開催した初個展でのことだが、七宝焼との出会いは工芸高校時代に遡る。

「美大を出てから数年間は現代美術の分野で作品を発表していました。この頃は新しいことをするのが楽しくて、素材も表現も毎回違うことをしていましたね。就職を機に一度立ち止まり、過去に取り組んできたことを振り返りました。

その時に、大学時代に学んだ金工技術と高校時代に習った七宝焼で器を作ってみようと思いました。思い起こせば、初めて七宝焼に触れた時、下地の白の表情が綺麗で、その状態で終わらせてもいいなと思ったんです」

金属に色とりどりの釉薬を焼き付ける本来の七宝焼では、白の上に色をのせて、どれだけ美しく発色させられるかが要(かなめ)となる。そのため下地の色ムラはおろか、白がうっすらと見える仕上がりこそあり得ないが、広瀬は根源的に感じた魅力を引き出そうと試作を始める。しかし、七宝焼だけあって原材料が高価なことには変わりない。

「高級品として扱われている七宝焼で、あえて日用品の器を作ることは、今までにないものになると思った。この世に存在していないものを作ってみたい、見てみたかった」

七宝焼の器が完成するまでには、とにかく時間も手間もかかる。銅板を切り、バーナーで炙(あぶ)って軟らかくしてから、木型で叩き出して形を作る。それをよく洗い、糊を塗り、ガラス質の釉薬をかけて、電気炉で一つずつ焼く工程を3度も繰り返す。

「木型は会社員時代に設計で得た知識から、3Dデータ上でデザインし自動切削機で木から削り出します。その後の作業を手仕事にすることで、プロダクト製品ほど決まり切っていないバランスに仕上がる。1900年前後の大量生産のガラスのコップは同じ形だけど気泡が入っていたり揺らいでいたり個体差があるんです。そのバランスが好きで手仕事と機械加工を使った制作をしています」

工業製品と手工芸、冷たさと温かさ、数字と感覚を行き来する白の手触り。その七宝焼の器の光景は、様々な均衡の上に成立している。

「かつて古着を求めてフリマに通った楽しさを古道具屋や骨董市で思い出して以来、古物や器を集めています。作品にサインを入れないのは、何百年何千年と経って自分の器が無名の古道具になり、未来の誰かが手に取った時“この器、何かいいな”と思ってほしいから。そんなことを想像しながら今は作り続けています」

器作家・広瀬陽のアトリエ
東京から静岡・伊東に移したアトリエ。銅板を叩くのは約1畳半の防音室で。