解説:谷川嘉浩(哲学者)
たにがわ・よしひろ/1990年生まれ。京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。著書に『増補改訂版 スマホ時代の哲学』『信仰と想像力の哲学: ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』など。ポッドキャストも更新中。
2025年の紅白歌合戦で「GOOD DAY」を観たとき、メタ的で闇もありつつ楽観主義を演技的に引き受けていることを改めて意識させられました。曲全体のトーンは明るいのに、「どうにもならない様な浮世」「禍々しさ」といった重い言葉が歌われている。
曲の雰囲気は楽観的なのに、認識は悲観的。これは、私が研究するアメリカの哲学者、ジョン・デューイのプラグマティズムという思想に通ずるものがあります。
デューイが生まれた19世紀半ばのアメリカは、内戦(南北戦争)の直後で、社会対立を残したまま急速に経済発展していく時代です。社会の悲惨や歪みをちゃんと把握するには、悲観的な部分が必要。でも、悲観しすぎてシニカルになると、他人への共感性や改善のための行動力が失われる。だから、あえて楽観する部分も必要なんです。
まさにデューイは、不確実性の高い時代には、楽観と悲観のバランスをとるのんきさが大事だと考え、「それぞれが自分の周囲をよく見て、具体的な行動を起こし、社会を改善していこう」と呼びかけ、どちらかに極端に転ぶことを避けるべきだと主張しています。

以前からミセスには、明るさと影の部分を感じていましたが、特に「GOOD DAY」はノリが近いなと感じます。ベースが暗いのに、明るさを引き受けている曲が増えている印象もあり、時代の気分を象徴するような楽曲だと思います。
歌詞の中の「愛すべき茶番」という言葉。「茶番」だけだとシニカルに、悲観的に聞こえますが、「愛すべき」がつくことで、楽観と悲観のバランスがちょうどよくなる。「世界は騒がしいけど」一人では何もできない私たちって「カワイイもんね?」。ここも茶化しつつも一緒に今日をGOOD DAYにしようと誘っているようにも聞こえる。
私たちが「GOOD DAY」を聴くとき、そこには3つのステップがある。
第1に何となく明るい曲だなと感じる。第2に、曲に秘められた暗いトーンを無意識に感じ取る。第3に、歌詞を咀嚼(そしゃく)して、意味をよく考える。どの段階で止まっても「いい曲」という印象が残る点で大衆性があるし、体験に奥行きがあるから何度も聴ける。楽しい曲でも奥行きがないと長く聴かれない。
ミセスの曲はどれも長く聴かれていますが、複数段階ある音楽体験を設計したことに理由の一端があると思います。