脚本から映画の世界観を立ち上げる
——映画の世界に入ったきっかけは?
子供の頃からよく観ていましたが、職業にすることまでは考えていなくて。一つ印象的だったのはデヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』です。
身体的奇形の主人公が、周囲のいわゆる普通の外見の人たちから虐げられているという実話を基にした話なんですが、映画を観終わった後、主人公が美しく、周囲の人たちは醜く感じ、美しいとは何なのか、醜いとは何なのかを考えさせられました。
映画とは人に何かを問いかけられる媒体なんだと、今までにない感覚を覚えて、カッコいい仕事だと思いました。私の時代は女性が映画美術の仕事に携わることはなかったので、美大に進学し陶芸を専攻しましたが、映画への夢が捨て切れず、私に映画の夢を抱かせた、デヴィッド・リンチの出身校であるAmerican Film Instituteへと留学したのです。
——映画はもちろん、影響を受けたカルチャーについて教えてください。
映画はデヴィッド・リンチ、スタンリー・キューブリックやウォン・カーウァイの作品が好きでした。視覚的に影響を受けたのは、ミケランジェロ・アントニオーニやベルナルド・ベルトルッチの作品。ジョルジョ・デ・キリコやフランシス・ベーコンの絵も好きでした。
共通するのは、夢のような奇妙な感覚というか、相反する感情を表していることです。暴力的なんだけど神秘的、グロテスクだったり汚いけど美しい、といったような。それが一番表現されているのが、パク・チャヌク監督の映画『お嬢さん』だと思います。
——留学から帰ってきて、韓国の映画界はどのような感じでしたか?
当時の韓国映画界は、小道具、セット、美術と部門が分かれていました。私はアメリカで製作した短編映画をまとめたポートフォリオと名刺を持って製作会社を回りましたが、冷やかされたり必要とされていないという扱いを受けました。
でも、ソン・イルゴン監督の『花島』で長編映画デビューし、リュ・スンワン監督の『血も涙もなく』で本格的に商業映画の世界に飛び込みました。その後、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』とパク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』に携わり、名前を知ってもらえるように。
韓国映画の新しい時代を切り拓(ひら)いた、当時新鋭だったパク・チャヌク監督やポン・ジュノ監督は新たなシステムを強く求めていたのでプロダクションデザイナーという私の肩書も認めてくれたのです。
——パク・チャヌク監督作品では、『しあわせな選択』が3月に公開されます。
主人公のマンス(イ・ビョンホン)の幸せの象徴である家が特徴的です。韓国の1970〜80年代を象徴する赤レンガ、切り妻屋根、コンクリートのバルコニーの「フランスハウス」をベースにしました。
当時の急激な経済成長と中産階級の欲望が表現された建物です。韓国内でもフランスハウスはほとんど残っておらず、ロケーションを探すのは困難を極めました。廃墟同然の建物を見つけ、撮影までの限られた中、全スタッフが力を合わせて短期間で家と庭を整備しました。
改築をする際には、本当に多くの部分に手を加えましたが、一つポイントにしたのは、ブルータリズム建築に用いられる白いコンクリートのテラス屋根です。光の入り方で主人公の感情を表す、重要な役割を担っています。
パク・チャヌク監督とは、長年の協働を通じて、適度な緊張感と深い信頼関係がうまくバランスの取れた関係だと感じています。脚本を受け取った瞬間から、私は彼の無意識の世界を航海するように、世界観の地図を描いていく。その作業が、苦しくもとても楽しいです。
──映画だけではなく、BTS・RMのMVやBalming Tigerの舞台セット等、活躍の幅を広げていますが、今後挑戦したいことを教えてください。
面白い企画であれば、いつでも挑戦したい。ストーリーテリングが可能な場であれば、セットという形に限らず、商業空間にも大きな魅力を感じます。また、『お嬢さん』の時のようにアジアのクリエイターとの協業にも力を入れていきたい。アジア的な美学が融合することで、新しいものが生み出されることを期待します。

Ryu Seong-Hieが選ぶ、今の韓国を知る場所

毎月キュレーターを立てその人が紹介する映画を上映したり、トークイベントなどを行うミニシアター。「デジタルの時代に“物理的な場所”の力を生かした、小規模映画館が増えている。対話の場作りも人間的で新鮮」。
住所:ソウル特別市城東区練武場路5-5
営:13時30分~21時
休:月曜・火曜・水曜休
Instagram:@movieland.archive