町田康『家事にかまけて』第18回:洗い物

作家・町田康が綴る家事、則ち家の中の細々した、炊事や洗濯、清掃といったようなこと。

illustration: Machiko Kaede / text: Kou Machida

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廿かそれくらいの頃、喫茶店で働いていたことがある。結構広い店だったが、そして軽い食事も出していたのだが、俺以外に従業員はおらず、今で言うワンオペの状態であった。

それでもやっていけたのは、その店がまったく流行っておらず殆ど客がなかったからである。それをいいことに俺は好きなレコードをかけたり、当時、どの店にもあったゲーム機で遊ぶなどして、のんびりやっていた。だがそんな店でもどういう訳か、ひょっとたて込むときがあり、そんなときはもう大変だった。

せんぐりせんぐり客が来て、水と絞りを出し、註文を聞き、珈琲を淹れる。スパゲティーを茹で、鍋を振る。その間にも次々とお客が入ってくる。

誂えものがなかなか来ず苛立つ客の気配をひしひしと感じながら、水と絞りを持っていくと、カップルの客がいつまでも品書きを眺め、グニャグニャして註文してくれない。レジのところで客が足踏みして、躾をされていない子供がフロアーを疾駆する。

そんなことでどうしようもなくなり、俺はその頃、組んでいたバンドのベース奏者に頼んで手伝いに来てもらったのだが、そいつも俺も基本的に無能かつ怠惰だったので店は一か月後に潰れた。

しかしそんな俺もその経験から学んだことがひとつある。それは洗い物はけっして溜めてはならないということだ。右のような状況下で洗い物が溜まると、すべての作業が渋滞、そして最終的には山のように洗い物が積み上がった調理場で客の怒号を聞きながら、一心に般若心経を唱えて震える以外、なにもできなくなってしまう。

で、そうなった原因を辿っていくと、意外にもほんの少量溜まった洗い物であることが実は多い。それだから俺は客が少ないときでも洗い物だけは溜めないように留意、それがいつしか習い性となり、私生活においても洗い物を溜めたら死ぬ人間になった。

それは四拾年以上経った今も変わらず、私は家に居るときは始終、洗い物をしている。なのでインタビュー取材やちょつとした会話で、「プライベートの時間はなにをしているのか」と問われた際などは必ず、「洗い物をしている」と正直に答える。

そうすると相手は、「その冗談ぜんぜんおもろくないわ」と言葉で言わず、目で言い、そして横を向いてしまう。しかたないので俺も横を向く。二人で向かい合って座り互いに横を向く。悲しいことだ。

町田康『家事にかまけて』第18回:洗い物

しかしそれは本当の話である。そしてそれはもう別にいいのだが、昨年末辺りから水道の蛇口の具合がおかしく、水がひょこ歪んで出てくる。おかしなことだ、と悲哀に満ちていると、蛇口から非常に穢らしい、腐った昆布のようなものが垂れてきた。嫌なことだ、と思い、これを引っ張ると中から極度に小さいナノ笊のようなものがポロッと落ちてきた。

どうやらそのナノ笊は蛇口の部品だったらしく、又、腐敗昆布は汚泥や水垢ではなく、劣化したゴム部品だったらしく、ナノ笊が落ちて以降、水の出方に変化があった。

どう変わったか。まず良かった点を言うと、ひょこ歪んで出るのは直った。実際、これはありがたい変化で、いみじいひょこ歪みによって洗い物がもの凄くしにくかったからである。

次に悪くなった点を陳べると、水勢がエグくなった。えげつない勢いで水が出る。その水勢たるやまったくの怒濤で、日光華厳滝もかくや、と思われるほどの轟音と水しぶきを伴って噴出するのである。

それ故、洗い物をする際は人の話し声、ラジオの音などいっさい聞こえぬし、呼び鈴にもきがつかない。又、水しぶきがエグいから、脇の調理台は言うに及ばず、その上の横長窓や手前の床もびしょ濡れになる。なので流し台の近辺に本やパッドやなんかは置いておけない。濡れるから。

困るのは外出直前に茶など喫んだ場合で、右に言うように俺は洗い物を溜めると死ぬ病気に罹っているので、出掛ける前に茶碗や急須を洗わなければならない。

だけどその時には既に外出着に着替えており、洗い物をすれば外出着に瀑布の水しぶきがかかってしまう。ジレンマ・葛藤に苦しみながら、でも結局は洗い物をして、水しぶきのかかった服で出掛けて外出先で人に侮られる。

又、外出しなくても床がびしょびしょに濡れているのは困る。俺方の床は安物のフローリングで、ふと気がつくと穢らしい水染みが仰山できている。

ここで、もうできているのだから仕方ない、と潔く諦めるか、これ以上はできないようにしよう、と慌てて拭く・見苦しくあがくか、どちらを選択するかで、その人となりがわかる。

俺は若い頃は潔く諦める派だったが、年を取って見苦しくあがく派に転向した。なぜなら潔く諦め続けた結果、床のみならずいろいろなところに穢らしいシミや汚れが溜まり、人に疎んぜられ、女にも持てなかったからである。

マアもちろん今、床を拭いたからといって急に女に持てるようになる訳ではないだろうが、もし家に女が来た場合、床を見て、「マア、なんて汚い床なのかしら、好かんタコ」と嫌われる可能性が高いのに比して、床が綺麗であれば、「男でこんな床を綺麗にしている人はまずおらない。素敵」となる可能性は少ないがゼロではない。

ならば努力しよう、という方針であるのは右に示したとおりで俺は四つん這いになって床を拭いた。そうしたところ。

床に水しぶき以外の、様々の得体の知れない汚れが附着していた。

台所という場所柄、おそらくは気がつかぬうちに味噌汁やシチイ、醤油やタレの類、などが落下してそのまま固着したのだろう、小さな飛沫のような跡があちこちにあった。

マア、本当の事を言うと、時々は気がついていたのだが、日々の生活や業務、おもうに任せぬ事ごとに疲れて、「いずれまとめてやろう」と先送りしていた汚れである。ならばこの際、水しぶきとともに拭き取ってこましてやろう、と俺は這いつくばって床を雑巾で拭き始めた。正月の二日、夜九時頃である。

しかし小さな飛沫の後、転々と至るところに広がって、拭き終わったと思って立ち上がると又、別の汚れがある。拭いても拭いても終わらない。そして拭いていると、こんだ、隅の冷蔵庫の脇に穢らしい黒ずみがあったり、その脇の電気オーブンが置いてある棚にパン屑が油脂が附着して固まっていることが発覚して、感情が波立った。

 だけどそれよりなにより気味が悪かったのは、流し台下の収納扉に身に覚えのない液体が垂れた後が黒く残っていることだった。俺はあまり料理をしない。なので調理台から扉に液体が垂れるということはないはずである。

そしてもちろん水が垂れた後ではない。ならばこれはなになのか。このように跡が残るということは一定程度、粘性のある胡麻油とか、そういうもの、或いは血液か。稀に料理をする際、流血する癖が俺にはあるのか。あったのか。わからない。

わからないが兎に角拭く。そして拭いてもあまり綺麗にならない。少し離れて収納扉をうち眺める。そうすると床に又、拭き残しがある。

そしていい加減、雑巾を濯がなければならない。ということはバケツか桶を持ってきて、ということになるが、「ええいっ、面倒だ」と蛇口から水を出して濯いだらまた盛大に水が跳ねて元の木阿弥、それからずっと俺は台所の床を這っている。そなことをして生きている。生きていく。

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