それは、デヴィッド・リンチのキャリアに輝く特異点
2025年の年明け早々、惜しまれつつこの世を去った、デヴィッド・リンチ監督の1999年公開の映画『ストレイト・ストーリー』が、4Kリマスター版となって帰ってくる。
アイオワ州の片田舎ローレンスで暮らす73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)が、560km離れたウィスコンシン州のマウント・ザイオンに住む、昔仲たがいした76歳の兄ライル(ハリー・ディーン・スタントン)の元を、無謀にも、何と時速8kmのトラクターに乗って訪ねようとしたという、当時の小さな新聞記事を基にした映画だ。
『ニューヨーク・タイムズ』紙に載った実話を基にした、デヴィッド・リンチ監督による1999年の映画。脚本はメアリー・スウィーニーとジョン・ローチ。主演のリチャード・ファーンズワースの遺作となった。全国公開中(2026年1月現在)。
何やらいつもの、それこそ「ストレートにはいかない」リンチ映画とは趣が違うぞという印象を持たれた方も多いと思うが、その脚本を書いた、当時のリンチの公私にわたるパートナーでもあったメアリー・スウィーニーに、まず、この実話のどこに惹かれたのか尋ねた。
「実は、私もウィスコンシン州出身で、両親も祖父母も農家だったんです。育ったマディソンは洗練された町ではあったんですが、田舎がすぐ近くにあって、こうした小規模農家も多かったので、アルヴィンさんがどういう人かも理解できました。プライドが高くて、この旅もそうですが、人からはどんなにクレイジーに思われても自己流でやりたい人。そんな彼のキャラクターに惹かれたんです。映画化の権利を取ってからご家族にも会いましたし、アルヴィンさんが旅した道を自分でも辿ってみたりしました。絶対にほかの人には書かせたくないな、という気持ちになりましたね」
リンチは、初め監督には乗り気ではなかったようだ。
「私が脚本を書いている間、ずっと応援してくれていました。すごく良い話だよねと。でも、自分が監督する興味はないとも言っていました。ところが、できた脚本を読んだら気持ちが変わったようなんです。私も監督してくれるとは思ってなかったので、とても嬉しかった」
それにしても、この映画は、それまでリンチが撮っていた『イレイザーヘッド』や『ロスト・ハイウェイ』とはだいぶ雰囲気が異なるようにも思われるが。
「確かに、彼の映画は、暗かったり、暴力的だったり、混乱した部分もあるんですけど、実際の彼は明るい人なんです。だから、私はこの映画が彼らしくないとは思っていません。彼は、あくまで自分のクリエイティブな興味に正直な人だから、これは自分が作る運命なんだという感覚や勘を信じていたんだと思います」
この映画が撮られた時代は、まだアメリカ中西部のこの地域にも、こうした小規模農家は数多く存在していたが、その後、集約化や企業化が進み、農村の風景も変わってきていると聞く。
「実は、この映画を製作していた頃も、小規模農家は消えつつあったんです。すでに大規模化は始まっていました。今も素敵な地域だとは思いますが、あの時代、アルヴィンさんのトラクターの旅は無謀だったとはいえ、あの美しい地域、美しい自然の中で旅ができたことはラッキーなことだったと思います。そういう意味では、あの時代のあの地域や人々へのトリビュートという気持ちもあったかもしれません」
確かに、この映画で『デューン/砂の惑星』以来のタッグとなった、当時80歳を超えていた撮影監督フレディ・フランシスが撮った田園風景が、実に美しい。最後に、リンチのキャリアの中で、この映画はどのような位置づけになると思うか問うてみた。
「間違いなく特別な位置にあると思います。この映画は、デヴィッドらしいし、もちろん私らしい作品だとも思っています。実は、『エレファント・マン』にも『ツイン・ピークス』にも、重なる要素はなくはありませんしね。彼は、初めて誰もが観賞できるGレイトの映画が撮れて嬉しいとも言っていましたよ(笑)。この映画は彼のフィルモグラフィの中で、本当に美しく輝く宝石のような作品だと思っています」
