定型を拒み、剥き出しの存在を鳴らす。予定調和を覆す劇伴論
児山隆
今回、荘子itさんにお願いしたのは、単純にDos Monosがめちゃくちゃかっこよかったからなんです。ただ本作は主人公がラップをする物語ですが、いわゆる「ヒップホップ映画」になりすぎないようにしたいという思いもありました。
荘子さんは映画にも詳しくセンスも素晴らしいので、直感的に「彼なら絶対にいける、面白くなる」という確信があったんですよね。
荘子it
劇伴って、例えばアカデミックな音楽教育を受けた人とかの方が安心して任せやすいと思うんです。僕にはそういうバックボーンはありませんが、「こいつは何か面白いことをやってくれるかもしれない」と、Dos Monosをはじめとする活動全体を通して感じていただけたのは嬉しいです。
最初はまずラップ指導という形でリハーサルと撮影に参加していましたが、どうせ関わるなら一緒に作品全体を面白くしたいと思っていたので、後から劇伴を依頼された際も、「もちろんやりたい」とお答えしました。
児山
劇伴を作る人が撮影現場にずっといるというのは、実はあまりないことですよね。おかげで共通言語ができて、安心してお任せできました。実際、アイデアのどれもが気が利いていて、理路整然としながらも突き抜けたアーティスト性を感じました。
荘子
音楽を作るだけでなく、音のはめ方やアイデア出しを含めて、一緒に作品を面白くする関わり方がしたかったんです。意識したのは、AIが生成するような「このシーンにはこの音」という漠然とした正解を、いかに上書きするかということ。
例えば、タイトルが出るシーン。当初はエレクトロっぽいリファレンスをいただいていたのですが、画面に映るロゴのフォントからオリエンタルな空気を感じて、あえて違うバランスの音を提案しました。
児山
あれは驚きましたね。「なぜこの音なんですか?」と聞いたら、「ロゴがカンフーっぽかったから」と(笑)。画面から読み取れる情報を最大限に生かして、作品そのものにハマる音を面白がって探求してくれているのが伝わってきて、本当に嬉しかった。
荘子
児山監督もある種ケレン味のある編集や演出を得意としているように思うのですが、意外な音と絵の組み合わせで観客を思いも寄らない地点へ連れていきたいなと。
青春映画としての爽快感は踏襲しつつも、清涼飲料水のCMのような記号的な爽やかさにはしたくなくて。2時間の映画だからこそ描ける、キャラクターが単に消費される存在ではない、剥き出しの存在感や奥行きを音楽の質感で表現したかったんです。
児山
そのマインドは完全に共有できていました。僕も現代の「青春映画」という言葉が、過去の模倣や定型化されたものになってしまっていることへの違和感があった。
だからこそ、既存の「青春映画的な何か」を極力外して、それを上回る何かを作ろうとしていましたから。完成した音楽を大きなスピーカーで聴いたときは、理屈抜きにテンションが上がりました。
荘子
現場でのラップ指導も楽しかったです。南沙良さんたちは、当たり前のようにラップに触れている世代。技術よりは、ビートに乗る楽しさや、ラップを楽しむためのマインドセットの部分を大事に伝えました。
児山
南さんは「最初のサイファーのシーンが一番緊張した」と言っていましたが、映像では本当に楽しそうに見えました。
荘子
「うまくさせる」ことより「楽しくやっている」ように見えることが演出指導としても正解だと思ったんです。
児山
青春映画はやはり若い人たちのものであってほしいと思っています。そのために「楽しさ」が伝わることは本当に大事。今回ちゃんとそういう作品が出来上がったのは、音がもたらす力が大きかったと思います。
