視野を広げて、住まいは自前で。歌人、文筆家・上坂あゆ美の、心健やかなお金の使い方

20代の頃、自身の住まいとしてマンションの一室を購入した上坂あゆ美さん。人生で初めて家を買うことを決意した時の心境や、物件選びの経験を振り返 り、家を買うことの意味を考える。

本記事は、BRUTUS「お金、はじめる。」(2026年1月13日発売)から特別公開中。詳しくはこちら

illustration: Shinji Abe / photo: Jun Nakagawa / text: Shunsuke Kamigaito

──家の購入を決めた経緯を教えてください。

尊敬する樹木希林さんが逝去された翌年の2019年、彼女の人生や仕事を回顧する展覧会が開催されたんです。そこで、「私の芝居にゆとりがあるのは不動産を持っているからです」という生前の言葉が紹介されていて。

ご自身を“喧嘩っ早い性格”と捉えたうえで、それが原因でいつか仕事がなくなってしまうかもしれない、だから家賃収入という別の生活基盤を確保している、と樹木さんは語られていたんです。

当時の私は今と違って外資系の広告代理店に勤めていたので、収入はわりと安定していました。作家になることなんて考えていなかったし、会社員を続けるつもりだった。

ただ、自分も“喧嘩っ早い性格”だと自覚していたので、樹木さんの言葉に強く惹かれる部分があったんですよね。そこから投資用不動産の物件に興味を持ったことが、家の購入を考え始めた一番最初のきっかけでした。

でも、実際に不動産投資の話を聞いてみると、安定して家賃収入を得るには複数の物件を“転がす”ようなレベルにならないと、なかなか難しいんだなとわかって。

当時の自分の収入では投資できてもせいぜい1部屋だったので、まずは自分が住む部屋を買う方が現実的かと思い直したんです。その頃、40代で家を買った会社の先輩から「どうせローンを組むなら早い方が絶対いい」と言われていたことにも後押しされました。

あと私の場合は、将来地元に戻る可能性も低かったし、海外に行きたいみたいな願望もなかったので、この先ずっと東京にいる確信があったのも持ち家を選んだ理由の一つ。気持ちが固まり、29歳の時に単身用マンションを35年ローンで買う決断をしました。

『樹木希林 遊びをせんとや生まれけむ展』で上坂さんが撮影した写真。「不動産収入が心のゆとりになり、結果作品も良くなる。むちゃくちゃなようでいてかっこいい生き方だなと」

──物件選びで意識した点は?

都心にアクセスしやすいから手放す時も苦労しないだろうというのと、純粋に街の雰囲気が気に入っていたのもあって、中野から吉祥寺までの中央線沿いの物件を探しました。途中で、自分は古民家やヴィンテージマンションのような個性的な建物に心惹かれることも自覚したんですが、そういう建物はどれも築年数が古く、耐震基準の面でも年数が経つほど売りづらくなるだろうなと。

どうせ一生住み続ける可能性があるなら、心ときめく部屋を選ぶという手もあったかもしれないけれど、熟考の結果将来の売買を視野に入れ、駅近で築年数が浅めの家にしようと思い至りました。

あとうちには猫が2匹いるので、ペット可の物件となると自然と絞られていったのもあります。当時は「ロマンより現実を優先した」という後ろめたさも少しありましたが、本命の家はいつか樹木さんくらい物件を転がす余裕が出た時に住めればいいかなって考えていました。

上坂さんが購入した一室のイメージ。書類や本で机が埋め尽くされているため、普段はコンロを作業台代わりに仕事をしている。「リノベーションしたりインテリアにこだわったりといったことが一切できておらず、まったく丁寧じゃない暮らしをしています(笑)」

賃貸の家賃とは違ってローン返済には喜びがある

──人生最大の買い物だったそうですが、不安はありませんでしたか?

私はお金を使うことが昔から苦手で、それは「お金がない」という状況への恐れから来るものなんですが、それ以上に“無駄”が嫌いな性格でもあるんですよ。だから、合理的だと納得できたことに対しては行動が早いし、それがお金を使うことだとしても厭(いと)わない。

家を買った知人に、「今の家賃をそのままローン返済に充てれば、同じ金額でもよりよい部屋に住めるし、ローンが終われば自分の資産になる」と言われてから、家賃を払うことがお金をただ捨てているように思えてならなくて、その状況を変えたいと思ったんですよね。

それに、私はたぶん責任を負うことが好きで。ローンの返済という責任が、ある種自分と社会をつなぎ留めてくれる意味もあるのかなと。

同時に、ゲームを少しずつ攻略していくような“コンプリート欲”も満たされます。少しずつローンを支払うことで、いつかは完全に自分のものになるというゴールに到達できる。期待されていた仕事を果たせた時や奨学金を払い終えた時にも、そういう達成感ってありますよね。

賃貸の家賃とは違って、ローンの返済にはダウンロードバーのような進捗が見える喜びがあるなと思っていて。そんな性格だから、ローンを組むことへの不安をあまり感じなかったんだと思います。

──お金に対する価値観はどうやって形成されたのですか?

家庭の事情で貧乏な幼少期を過ごしたというのは根底にありつつ、思春期に聴いた〈THE BLUE HEARTS〉の影響は大きいかもしれないですね(笑)。ドブネズミみたいな生き方をしたいと思っているので、どこか必要以上にお金を稼いで使いたいとは思えないんです。

だから会社を辞めて、短歌を仕事にしようと決心がついたというのもある。ただ最近はリハビリじゃないですけど、人前に出る時に着るための洋服をオーダーメイドしたり、寄付をしたり。自分がいいと思える物事に対して、積極的にお金を使う努力をしているところです。

──最後に、持ち家購入において大切だと思うマインドを教えてください。

私は家を買ってからわずか3年で脱サラしてフリーランスになりました。現在の収入や立場だったら、おそらくローン審査が通ることもなかったはずで、そういう意味ではやや無謀な決断だったと振り返ることもあります。

ただ、今は転職が当たり前の時代だし、お金がなくなったらまた就職を考えよう、という心持ちで生きている。家を買うのも同じで、次の買い手が見つかりやすい条件で選べば、売りたくなった時に売れるだろうと。時にはそんなふうに視野を広げてみることも大事なのかなと思います。

もちろん、さまざまな理由でローンを組むのが難しい方もいるし、単身用とファミリー用では事情も違うから、「持ち家の方がいい」と断言はできません。実際、私もパートナーと同居し始めてから部屋が手狭になってきたので、今の家を売って賃貸に引っ越すことも検討しています。

ただ、これはネガティブな話ではなくて。未来が予測不能だとしても、次の選択肢として機能する点も含め、私は家を買ってよかったと思っています。

上坂さんが詠んだ一首

家を出る日の朝。それでも豆苗は事情を知らず伸び続けてた

マンション購入後、上坂さんが自ら詠んだ一首。「賃貸から新居へ引っ越す時、何もない家に豆苗だけが残ったのが印象的で。どうしようもないからカップ麺に入れて食べました」

【〈ファイナンシャルアカデミー〉代表・泉正人さんによる副音声】

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