“生きた人間”として発せられるセリフの強さ
「他人のためだけに生きるっちゅうことは出来るとやろか」
故・青山真治監督の代表作『EUREKA/ユリイカ』において、多くの死傷者を出したバスジャックに運転手として巻き込まれ、自分が生き残ってしまったことに罪の意識を抱えている主人公の沢井はある時そうつぶやく。このセリフは岸井ゆきのさんにとってお守りのような言葉だという。沢井を演じたのは役所広司だ。
「3時間以上ある全編を通してセリフが少ない作品なんですよ。だから、登場人物たちの表情などを通してこちらが色々と想像できる余白があるんですが、そういう場合ってセリフの言い方が大袈裟になって、悪目立ちしてしまうことも少なくないじゃないですか。でも、『EUREKA』は違うんです。すべての登場人物たちが間違いなく『EUREKA』の世界の中に生きている。
役所さんのセリフもそうで、“画面の外にこういうメッセージを伝えたいんだ”みたいなことではなく、沢井の切実さだけを乗せて口にされるからこそ強い。最初に観たのは10年以上前で、おうちの30インチくらいのテレビでしたが、“私もこういう映画に携わりたい”と心動かされたし、それが役所さんの問いに対するアンサーなんじゃないでしょうか。つまり、沢井は私という他人のために生きてくれたんです」
その後、青山の遺作『空に住む』に出演した岸井さん。現場では、登場人物が“ただそこにいる”ことを可能にする、青山演出の秘密を垣間見たようだ。
「撮りたいものがすごく明確で無邪気な人でした。“ここからここまでは絶対にワンショットだ!”とか。だから、役者さんたちは変なプレッシャーを背負わなくてよくて、自然な表情のままカメラの前に存在できるのかもしれません」

『佐藤さんと佐藤さん』は観る人の人生で感想が変わる
一方、岸井さんの最新主演作『佐藤さんと佐藤さん』を手がけた天野千尋監督は、「一緒に作っていこう」というタイプだったそう。愛し合って夫婦になったサチとタモツが、だんだんとすれ違っていく姿をリアルに綴る本作を、岸井さんは観客としてどう観たのだろうか。
「“こんなに辛い映画だったっけ?”と思いました。演じていた記憶もまだあるから、サチとして“タモツ、いろんなことに気づいてあげられなくてごめん”って少し後悔したというか。だけど、既に観た方からは、結婚しているか否か、恋人がいるか否か、そして女性か男性かによって、十人十色の感想をいただくんですよ。だから、演じている時には気づかなかったですが、それぞれの過ごしてきた時間によって、見方が変わる映画になったのかなと思っています」
役所広司の一本

九州で多くの乗客が殺害されるバスジャック事件が発生。心に傷を負った運転手の沢井は、同じく被害者である中学生の直樹と小学生の梢の兄妹、そして2人の従兄である秋彦を連れ、“別のバス”ですべてをやり直すための旅に出る。兄妹と過ごすうちに前向きになっていく沢井を、役所広司が見事に演じている。©J-WORKS FILM INTIATIVE