変わる、ファンダムという渦
話を聞いた人:朝井リョウ(小説家)
2015年にアイドルが日本武館を目指して活動する様子を描いた『武道館』を上梓した朝井リョウが、今年9月に出版した『イン・ザ・メガチャーチ』ではアイドルのファンダム文化に深く切り込んだ。
「16年に韓国でサバイバル番組『PRODUCE 101』(通称プデュ)が始まって以降、視聴者投票でグループのメンバーを決めるオーディションが盛り上がりました。そうなってから、オーディションの結果よりも、情報一つで様相を激変させる視聴者の集団心理に興味が湧いたのがこの本を書いたきっかけの一つです。
『武道館』では時代の欲望を映す鏡としてアイドルを取り上げましたが、今はアイドルを押し上げようと奮闘するファンダムの原動力、行動原理に強く興味があります。それは“推し活”だけでなく、選挙や戦争に重なる部分が大いにあると感じているので」
サバイバイル番組の現場では、別のアイドルのファン同士が同盟を組むこともあるんだそう。
「投票結果が有利になるよう有力なファンダム同士で同盟を組む──これってもう、世界史に何度も登場する戦時下の国家間の動きですよね。その情報の伝達力の速度も戦略の精査のスピードも、すさまじいものがあるなと感じています。
見てみたい。この人たちが、たった一の情報から、千を越えて万の、億の、兆の布教に励むところを。
(p.266)
ただ、ファンダムの団体としての動きってけっこう類型化しているというか、運営も視聴者も互いに戦い方を熟知しているんですよね。こういう時にはこう動けば世論を操作しやすい、という定型があるんです。その主導権を巧みに握り続ける運営側に焦点を当てたフィクションを知らなかったので、もう自分で書こうと」
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
(p.185)
『イン・ザ・メガチャーチ』にはファンダムを作り上げる人、そしてファンダムの中に入り込む人の両方の視点から物語が描かれている。
「今作にはファンダムに身を投じ始める若い女性が登場しますが、彼女がそうなるきっかけを考えた時、恋愛感情ではなく、グループが掲げるスローガンやメンバーの思想に共感して自他境界を薄めていく、という設定が私にはしっくりきたんです。
どうしてあなたは、私の気持ちがわかるの。どうしてあなたの口からは、私が頭の中だけでぐるぐると練り続けているような言葉が次々に出てくるの。
(p.210)
もちろん恋愛感情を土台として応援している人も多いとは思いますが、自分と対象を重ねたり、対象の夢を仲間と応援する安心感が昨今のファンダムからは特に感じられる気がして」
【種(自分の大切な芯の部分)はそのままで花を咲かせる“Bloom myself”って、私たちにぴったりなコンセプトだなって思う。】
(p.214)
好きでつながる、そして学校や会社ではつながり得なかった人たちとの結びつきを作ってくれるファンダムは、“連帯”という言葉で表されるように、強い一体感をもたらしてもくれる。
「私は警戒心が強いタイプで、メディアから自宅を取材したいですと言われてもお断りしているんですけど、サバイバル番組のファイナルの時だけは誰でも出入りできるよう家を開放するんです。本名も年齢も職業も知らないけど誰推しなのかは知っている、という人物がうじゃうじゃ家にいる。その人のことは何にも知らなくても、話すことは無限にあるんですよね。この、同じものを好いているというだけでもたらされる信頼感って何だろうとよく思います。
「本当は、理由もなく雑談ができる仲間が欲しかっただけなんです」
(p.282)
このように、私自身、昨日の自分がやらなかったことを今日の自分はやっている、ということはある。そのような行動力が結集している“ファンダム”の、輝きも危うさも同様に書きたかった作品です」