STAP Sigh Boysは、高円寺にいます!自宅録音を突き詰めた、箱庭ポップスの怪作『ユニバース』

「1970年の大阪万博アイルランド館で働くため来日するも、築地市場で冷凍庫に閉じ込められ、豊洲移転時にようやく発見」。そんなキャッチコピーを掲げる謎めいたミュージシャンがいる。2020年に独学で音楽制作を開始し、ほどなくしてフジロックに出演したアイルランド出身のアーティスト。STAP Sigh Boysって、いったい何者?

photo: Hana Abe / text: Katsumi Watanabe / edit: Sho Kasahara

ロンドンから高円寺に拠点を移し、2020年から活動するミュージシャン、STAP Sigh Boys。「高円寺のマック・デマルコ」や「電子レンジで溶かしたネオソウル」と評され、次々に発表される楽曲と、奇妙なアートワークによって独自の存在感を放ってきた。

「僕は、アイルランド出身で、20代はイギリスで過ごしました。来日のきっかけは、ロンドンにいた頃に見た、YMO「テクノポリス」(1979年)のMV。79年当時の近未来とバブルの薫りが漂う“トキオ”に、ものすごく惹かれたんです。それで『これは行くしかない』と思って、2009年に観光で来ました。実際に訪れると、思い描いていた東京とはぜんぜん違っていて(笑)。40年くらい来る時代を間違えましたね。でも不思議なことに2009年の東京もすごく魅力的で。気がついたら、日本に引っ越すことを決めていました」

はじめて音楽に触れたのは、5歳のクリスマス。サンタクロースからもらったのは、カセット式のウォークマンとマイケル・ジャクソン『Bad』(1987年)のテープだった。以来、MJは彼にとってアイドル的存在になる。

「『Bad』はステレオで録音されているから、ヘッドフォンの左右で違う音が鳴るんです。その仕掛けがすごく不思議で、子どもながらに感動しました。日本の音楽に強く惹かれるようになったのは、小学生の頃。CDショップの1ユーロセールのコーナーに、コーネリアスの『FANTASMA』(1997年)があって。ジャケットに惹かれてなんとなく買ってみたら、とにかく衝撃でした。コーネリアスの音楽は、『Bad』よりも音響のギミックが進化していて。左右だけじゃなくて、空間そのものが動いている感じがあった。宇宙のサウンドみたいだな、って思いましたね」

STAP Sigh Boysの街中でのポートレート

きっかけは、フリマサイトで手に入れた1本のギター

実は彼が本格的に音楽制作を始めたのは、2020年のこと。世界中が足止めを余儀なくされた、コロナ禍のロックダウンが始まりだったという。

「あの頃は一歩も外へ出ることができなかったから、家でずっとインターネットを見ていて。そんなとき、母国に帰るというカナダ人が、無料掲示板サイト〈ジモティー〉に3,000円でギターを売りに出していたので買ってみたんですよ。ギターを弾き、MacBookのマイク機能で録音して……。曲作りの経験はなかったけど、独学で作ってみたんです。そしたらすごく楽しかった」

楽曲を公開し始めて間もなく、フジロック フェスティバルの新人枠「ROOKIE A GO-GO」に応募。見事オーディションを突破し、人生初のライブがフジロックという異例のデビューを果たした。

そんなSTAP Sigh Boysが、4枚目の最新作のアルバム『ユニバース』をリリース。今回も彼の代名詞でもある、古き良き昭和の文化的なコンテキストが引用されている。

「僕が好きなのは、70年代の日本。経済が発展していた時期で、みんなが前を向いて『未来は絶対いいよね』と信じていた頃。僕はそんなポジティブな空気感が好きなんです。アルバムタイトルを『ユニバース』にした理由はいくつかありますが、そのひとつに2025年に残念ながら閉館してしまった複合レジャー施設〈味園ユニバース〉があります。ずっとあのステージに立ちたいという思いがありましたが、結局叶わず……。その悔しさも込めて、このタイトルを付けました」

本作のコンセプトは「スプーキー・ネオシティポップ」。その背景には、宇宙に関する読書や動画を通じて出会った「汎神論(Pantheism)」という哲学があるという。

「『汎神論(pantheism)』とは、宇宙にあるものすべてがビッグバンから生まれ、平等の価値があるという考え方。神も、人も、動物も、テーブルも、すべてが神である、という感覚です。それは僕にとって『We Are The World』に近い感覚でした。その気持ちで作っていたら、『We Are The Universe』や『君たちは宇宙生まれ』が、ビッグバンみたいに生まれてきた。そこから「おはよう,Sun God」や「前澤,Take me to the Moon」が、ユニバーサルのように繋がっていったんです」

得意のディスコチューンからピアノの弾き語りまで。美しい新機軸を聴かせてくれるが、実は、挑戦と試行錯誤の末に完成した作品だったという。

「一番のチャレンジという点では『ザー・ドルドルムズ』かな。ジョン・コルトレーンが『Giant Steps』(1960年)で用いたCircle of Fifths(五度圏)という音楽理論を勉強し、それを参照して作ったんです。それから、ピアノの弾き語りの『We Are The Universe』では、80年代に発表されたシンセサイザー型のギター〈Casio MIDI Guitar〉を使って、ピアノの音色を作っています。僕自身、楽器を弾けるわけではないので、正直自分がミュージシャンかどうかわからない。『ピノキオ』の主人公が人間になりたかったように、僕も本物のミュージシャンになりたいと思っています。だからこそ、編集やテクノロジーを駆使して音楽を作っているし、前の作品を超える努力は惜しまないつもりです」

一方で、『Empathy〜共感放送』には強烈なベイパーウェイブの影響も感じる。

「13年くらい前かな、でんぱ組.incの『W.W.D Ⅱ』や『Future Diver』が大好きになって、調べてみると前山田健一が手掛けた楽曲だった。セリフが入ったり、転調が多くて、すごくおもしろかったんですよね。一度、あの時期のJ-POPのテイストを試してみたくて、この曲を作りました。最近はフレーズをループさせて作る音楽が主流ですが、わたしが好きな70〜80年代の音楽には、複雑なメロディやキーチェンジがあって、すごく丁寧に作ってあるように感じます。そこに影響を受けている部分が大きいかな。MJやダフトパンクはもちろん、アース・ウィンド・アンド・ファイアーとか、クラウス・ノミ。日本のバンドではプラスチックスやヒカシューとか、最近ではスペクトラムも好きですね」

最後に、アーティスト名である「Stap Sigh Boys」や楽曲『瀬戸内磁石』など、たびたび出現するヘンテコな日本語の歌詞やタイトルの意味を聞いてみた。

「J-POPなんか聴いていると、日本語の歌詞に混ぜてとんでもない英語の使い方をするじゃない?僕もその気持ちを日本人に伝えたかった(笑)。だから、造語的に言葉を作るのは、実はわざとやっていることなんです」

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