『国宝』に魅せられたあなたに贈る次の一本。大ヒットの軌跡を辿る

『国宝』はなぜこれほど劇場を沸かせているのか。映画評論家の森直人が、映画史における本作のポジション、そして6つのヒントから導かれる次に観るべき作品を解説。また仕掛け人の一人、脚本家・奥寺佐渡子にも執筆の裏側を聞いた。

text & edit: Kohei Hara

景気がいい時代の日本映画を思い出す『国宝』大ヒットの軌跡

国内だけでなく海外の映画祭でも評判が良く、日本の実写映画では間違いなく歴史上最大の事件となった『国宝』の大ヒット。

遡ること日本公開から約2週間後、6月18日に上海国際映画祭で公式上映とともに舞台挨拶を行った李相日監督は、本作を作るきっかけの一つが学生時代に観た『さらば、わが愛 覇王別姫』の影響だと語りました。

『国宝』場面写真
『国宝』(175分/'25)
監督/李相日

任俠の一門に生まれながらも女形としての資質を見出され歌舞伎の名門に引き取られた喜久雄(吉沢亮)。御曹司である俊介(横浜流星)との凄絶な運命を、50年に及ぶ一代記として描く。
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

李監督は以前に、クリント・イーストウッドの代表作である『許されざる者』を西部劇から時代劇にリメイクしていて、これもまた学生の頃に観て衝撃を受けた一本だと語っています。

また李監督といえば、在日朝鮮人学校に通う高校生を描いた『青 chong』でデビューし、それ以降もマイノリティや辺境の人々を描いてきた。『許されざる者』では、登場人物の背景にアイヌ民族を盛り込んでいたりもして。こうした流れを汲むと、李監督は『さらば、わが愛』への憧れを背景に、日本の歌舞伎における「女形」という題材を『国宝』に結実させていったのだと思います。

日本映画史を振り返ると、実は今回のヒットに近い雰囲気を持つのは1980年代。カンヌ国際映画祭のコンペに『楢山節考』と『戦場のメリークリスマス』がノミネートされ、前者が最高賞を受賞したのは83年。この豊かな時代特有の役者や美術のゴージャスさ、日本的な題材が西洋にも刺さる様相が『国宝』にも当てはまる。

景気がいい時代の日本映画が回帰した印象があり、それが国内外の熱狂の端的な理由かもしれません。

『国宝』に魅せられたあなたに贈る次の一本

ヒント① 李相日監督の影響元を辿る

『さらば、わが愛覇王別姫』
『さらば、わが愛覇王別姫』(172分/'93/中香台合作)
監督/チェン・カイコー

KADOKAWA/5,720円(BD)。©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

派手な化粧と豪華な衣装を身に纏(まと)い、歌やセリフ、舞踊によって物語を進める中国の伝統芸能「京劇」。日中戦争や文化大革命に翻弄される1925年から50年間に及ぶ中国の動乱の歴史を背景に、古典作品『覇王別姫』を演じる2人の京劇俳優の愛憎を圧倒的なスケールと映像美で描く一大叙事詩。「李監督が学生時代に観ていつかこうした映画を作りたいと思うに至った作品で、真っ先におすすめしたい一本。クィア映画としても先駆的で、男性同士の情愛を見つめた作品でもあります。『国宝』と観比べて、李監督がどこをどう自分なりに昇華させたかを考えると面白いですよ」(森直人、以下同)。

ヒント② 「天才と凡人」というテーマを求めて

『アマデウス』
『アマデウス』(158分/'84/米)
監督/ミロス・フォアマン

ワーナー ブラザース ジャパン/デジタル配信中。
©1984 The Saul Zaentz Company. All rights reserved.

生まれながらの天才とその陰に隠れる凡人という題材を扱った不朽の名作。寒々としたウィーンの街で、自殺を図り精神科病院に運ばれた老人。彼は自らをアントニオ・サリエリと名乗り、皇帝ヨーゼフ2世に仕えた宮廷音楽家であると語る。やがて彼の人生のすべてを狂わせてしまった一人の天才音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生涯をとつとつと吐露し始める。「吉沢亮さんも大好きな映画であると公言する一本。『国宝』において、芸の才能や境遇の違いから思わぬ軋轢(あつれき)を生んでいく喜久雄と俊介の関係性とも照らし合わせてみてほしいですね」。

ヒント③ 歌舞伎や女形を描いた物語

『書かれた顔』
『書かれた顔』(94分/'95/日・スイス合作)
監督/ダニエル・シュミット

©1995 T&C FILM AG / EURO SPACE

スイスの映画監督、ダニエル・シュミットが日本で撮影を行い、歌舞伎役者・坂東玉三郎に「女形とは何か」と迫った作品。女形という特異な存在を通して、ジェンダー、生と死、そしてフィクションとドキュメンタリーの境界線上に、虚構としての日本の伝統的女性像を浮かび上がらせる。「『国宝』でも扱われた『鷺娘(さぎむすめ)』や『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』といった演目を披露する玉三郎さんの舞台映像や、青山真治が助監督を務めたフィクションパート『黄昏芸者情話』など見どころの多い本作。“男性の目を通して女性を書いてきた”と吐露する玉三郎さんの演技プロセスや思考回路の言語化がとても美しく、歌舞伎や女形に興味を持った方が満足できる内容だと思います」

『残菊物語』
『残菊物語』
(143分/'39)監督/溝口健二

松竹/5,170円(BD)
©1939/2015松竹株式会社

歌舞伎を描いた映画の代表格。歌舞伎役者・二代目尾上菊之助(花柳章太郎)は、己の芸の未熟さを率直に指摘してくれるお徳(森赫子)に恋心を抱く。しかし、2人の身分違いの恋に周囲は猛反対し……。「戦前に作られた本作は2015年にカンヌ国際映画祭のクラシック部門で上映されるなど現在も重要作に置かれる一本。黒澤明、小津安二郎と並んで世界的に評価される映画監督・溝口健二の代表作です。また、菊之助を演じた花柳章太郎は“新派”と呼ばれる現代劇を代表する女形役者として知られ、人間国宝に認定されています。家系や才能、技芸など、『国宝』に通じるテーマも扱われています」。

ヒント④ 特別な存在感を放つ田中泯の出演作へ

『メゾン・ド・ヒミコ』
『メゾン・ド・ヒミコ』(131分/'05)
監督/犬童一心

TCエンタテインメント/4,180円(BD)
©2005「メゾン・ド・ヒミコ」製作委員会

『国宝』で人間国宝・万菊を演じた田中泯の代表作の一つ。塗装会社で事務員として働く沙織(柴咲コウ)の元にある日、彼女を捨てて出ていった父の恋人と名乗る春彦(オダギリジョー)が訪ねてくる。春彦は、卑弥呼(田中泯)と呼ばれるその父がガンで余命わずかなことを告げ、卑弥呼が経営するゲイのための老人ホーム〈メゾン・ド・ヒミコ〉で働かないかと誘う。「ダンサーである泯さんは映画において神聖な存在を担うことが多く、本作で演じるのはゲイの役柄。監督の犬童一心さんが泯さんの踊りと生きざまに迫った『名付けようのない踊り』というドキュメンタリーもぜひ一緒に」。

ヒント⑤ 豪華で濃密、80年代日本映画との共通点

『鬼龍院花子の生涯』
『鬼龍院花子の生涯』
(146分/'82)監督/五社英雄

東映ビデオ/3,080円(BD)
©東映

80年代の日本映画の中でも『国宝』との親和性が高いのが本作。映像の華やかさと愛憎ひしめく濃厚な人間ドラマが特徴で、当時、“女性文芸大作”として打ち出された一本。高知・土佐の任俠の世界で名を挙げる鬼龍院政五郎(仲代達矢)と、その娘である花子(高杉かほり)。彼らの大正から昭和にかけての波瀾万丈な生涯を、12歳で養女として政五郎にもらい受けられた松恵(夏目雅子)の目線から描く。「『陽暉楼』と『櫂』へと続く五社英雄監督×宮尾登美子原作の“高知三部作”は、花柳界など浮世離れした世界を描いた大衆娯楽映画として、『国宝』に魅せられた人もきっと楽しい時間が過ごせると思います」。

ヒント⑥ 奥寺佐渡子脚本の構成美をさらに堪能

『八日目の蟬』
『八日目の蟬』(147分/'11)
監督/成島出

不倫相手の子供を誘拐し4年間育てた希和子(永作博美)と、彼女に育てられた過去を恨む恵理菜(井上真央)。「血縁を超えた関係と、自転車で坂道を下る場面の反復に注目」。
アミューズソフト/6,380円(BD)
©2011映画「八日目の蟬」製作委員会

吉田修一の原作小説は文庫版で計800ページ超えの超大作。その脚本化作業は、かつてない挑戦をはらんでいたという。

「オファーを受ける前から原作は好きで読んでいました。本来ならば映画に凝縮するのは難しいボリュームなのでお断りしていたかもしれませんが、普段の自分の生活とはかけ離れた世界を描くことが好きで、歌舞伎への好奇心と、映像で観たらさぞかし美しいだろうという想像が勝ってお引き受けしたんです。

ただやはり、取捨選択の作業は大変で。各エピソードをカードに書き出して、悩みながら構成を組み立てる工程に8割ぐらいの時間を費やしたと思います。原作における“芸”と“私生活”の2大要素から特に“芸”に焦点を当て、歌舞伎役者の芸談を読み込んだり、本作の所作指導・中村壱太郎さん(吾妻徳陽の名前でクレジット)に話を聞いたりしながら書き進めました」

映画では歌舞伎の演目やセリフの“反復”を特徴とした、奥寺脚本特有のフリオチや伏線回収が構成美を生んでいる。「『メッセージ』や『TENET テネット』といった、円環構造を持つ構成の映画を美しいと思っていて。観終わったあとにもう一度最初から観たくなる映画を、私も追い求めています」

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