話を聞いた人:田附勝(写真家)
要するに理由があるんだよ、写真を撮るって
田附勝
実は今回『ママ』という新たな写真集を制作したので、それもお渡ししたく。お会いできて嬉しいです。
石内都
ありがとうございます。
田附
石内さんは絹織物の産地・桐生生まれで、横須賀にもルーツがあり、ご自身でスカジャンの制作をされている。学生時代から勉強されていた「織物」は石内さんの作品を紐解くうえでも重要なキーワード。今回俺は『ママ』で、母の遺品の「パッチワーク」を撮ったことで、石内さんの「織物」のように「パッチワーク」が自分の人生を表していると発見しました。つぎはぎだらけというか。
石内
それは大きな発見だったかもね。思えば2020年の作品集のタイトルも『KAKERA』だったよね。
田附
『ママ』で言うと石内さんは写真集『Mother's』がありましたよね。
石内
私の場合、生前の母とのコミュニケーションがうまくいっていなかった。亡くなった後も、母とうまく話すことができない感覚が拭えない。できることは“残されたもの”と対話をすることだったんです。そんな経緯もあって遺品を撮影しましたね。
田附
“残されたもの”との対話ね。本展でも新作があったように、石内さんは「被爆者の遺品」を撮影する〈ひろしま〉を制作し続けていますね。
石内
毎年のように広島平和記念資料館に新たな遺品が届きますからね。そう考えると、戦後はまだ終わっていない。私たちはいつか死んでしまうけれど、遺品たちは戦後80年という時間をまとっていて、今後も永遠に“残らなければならない”運命がある。写真は「過去」を写すものだからこそ、それを媒介に「今」の現実的な問題として広島の遺品たちを撮っているんです。
田附
なるほど。今見てるものなんて、本当にちゃんと見えているかわからないからこそ、写真の意義がある。
石内
それに写真はね、撮ったとき、現像するとき、展示するときの3つの段階で見え方が全然異なる。
田附
石内さんも俺も自分で展示空間を考えていますよね。石内さんは壁一面にただ作品を並べるのではなく、展示空間全体を使って表現するじゃないですか。鑑賞していると、作品に包まれたり、対峙したり、覆い被されたり、色んな気持ちになる。
石内
壁が額なんだよね。「見る」って目だけのことじゃなくて、大きい写真は下がって、小さい写真は近づくために歩く。そういう体の使い方を考えながら展示する。以前、展示設営の方が、私の作品の位置がバラバラで千鳥足になったらしく「石内さんの展示は“千鳥掛け”だ」っておっしゃって。それが気に入りましたね。
田附
なるほど(笑)。「オーバーマット」など白枠も使っていないですよね。
石内
窓の中に作品があるように見えるから。写真はもっと広がらなきゃ。
田附
空間も織り込まれていると。
石内
そう。私は撮影することが苦手で、早く終わらせるためにサッと撮る。その後フィルムを現像するまでの時間、どんな作品になっているのか、とてもドキドキするんです。写真はただの平面じゃなく、その背後には現像し、展示し、あまたの時間と空間が流れているんですよ。先ほど母の話がありましたが、それもやはり展覧会という、写真作品が辿る「時間」を通して、やっと母のことがわかってきた気がする。
田附
いい話ですね。
石内
2005年の『第51回ヴェネチア・ビエンナーレ』で展示した〈mother's〉では、作品を前にして泣いている人がいたそうで。自分の手から作品が離れて自立していく感覚になった。そうやって作品の制作から時間が経って、取り巻く空間が変わったとき“発見”がある。田附さんが「パッチワーク」を発見したように。要するに理由があるんだよ、写真を撮るって。
初めはただ仕事だったり、ライフワークだったり、シンプルな動機かもしれない。けど次第に作品の質が変わっていくんだよ。そもそも私はデザイナーになりたかったのに、偶然写真家になっちゃった。でも最近、やっと写真の面白さに気づき始めたんだよね。「記録して伝達する」という写真の基本の面白さに。それは写真とともに私が長い時間を過ごしたからかもしれない。
田附
石内さんの「現在」。素敵だね。
