冨田ラボ
僕は80年代後半から音楽の仕事をしてきましたが、98%が曲先(きょくせん)といって、先にメロディがあり、後から歌詞をつける作り方です。海外も含めて、今のポップスはほとんどが曲先だと思います。
ところが、僕が伝え聞く限り、70年代までの日本は違った。メロディが先か詞が先か、半々くらいだったのではないかと。音楽を作るうえで、これは重要な違いですよね。
矢野利裕
歌詞がない状態でも、詞で描かれる情景を想像してアレンジするんですか。
冨田
こういう歌詞が来るだろうからと考えることはほぼありません。でも素晴らしい作詞家の方と仕事をすると、音と詞が不可分になった、いい歌詞が届きますね。
矢野
例えば「Everything」の場合は?
テレビドラマ『やまとなでしこ』の主題歌として大ヒットした、7分に及ぶ壮大なバラード。作詞:MISIA、作曲:松本俊明、編曲:冨田恵一。
冨田
あの曲はちょっと違って、デモの時点でほぼ歌詞がありました。そして今よりもっと長くて8分を超えていた。さすがに長すぎるんじゃないかとディレクターに伝えて、ワンコーラス目のサビを半分にしたんです。編曲にあたっても、聴き手の興味が持続するような流れを意識していました。
矢野
改めて聴くとアコギがかなり入っていることに気づきました。マリア・マルダーのようなアコースティックな印象もある。
冨田
そうなんです。リズム隊のグルーヴが興味を持続させる大きな力になっている。
矢野
「MAP for LOVE」の歌詞も面白いです。「愛の意味はまだblankでまっさらだけど、いつだって君の味方だと信じてほしい」という思いが、メロディと押韻と合わさってストーリーテリングされていく。
コロナ禍に9名のシンガーと制作したチャリティソング。作詞:角田隆太(モノンクル)、Ryohu(KANDYTOWN)、作曲・編曲:冨田恵一。
冨田
作詞の角田(隆太)さんは30代で、この世代はラップの影響も大きいですよね。メロディラインも、例えば(バート・)バカラックのように音符だけで音楽像がわかるようなものではなく、リズムと言葉で聴かせるようなものが増えたなと思います。
矢野
キリンジの「エイリアンズ」も、世代を超えて愛されている楽曲です。
キリンジの代表曲。2017年にCMに使用され、より広く世の中に知られるようになったバラード。作詞・作曲:堀込泰行、編曲:キリンジ、冨田恵一。
冨田
歌詞がなかなかできなくて、歌入れを3回くらいリスケした記憶があります(笑)。それくらい(堀込)泰行くんは悩んでいた。でも、粘ってよかった。何年も経ってからより多くの方に知られるようになったことは、ある意味不思議だけど、なるべくしてなったという気もしますね。
矢野
派手な曲ではなく、むしろ抑制されている。「Everything」にもやっぱりそれを感じますし、冨田さんは盛り上がらないラブソングを作り続けてきた方だと思いました。だからこそ、今も聴き継がれている。
冨田
ベタを嫌う、サブカルチャーに寄っている性分というか(笑)。でも、瞬間的な力が強いほど引いていく力も強いというのは、ものの道理ではあるのかな。
矢野
最後に「眠りの森」を。松本隆さんは「詩」を書いている作詞家ですよね。
冨田が初めて松本隆と共作した一曲。この曲も曲先で制作され、歌詞が出来上がった後にアレンジが作られた。作詞:松本隆、作曲・編曲:冨田恵一。
冨田
歌詞というのはリピートする美しさや、効果的な単語をはめていく表現になりがちですが、松本さんは全く違う。散文的だけどメロディに見事にマッチするし、音楽への集中を切らさない。常に言葉が音とともにある。素晴らしいです。





