掌編『祇園物語』
川村元気
序[JO]
京都、祇園の繁華街から一本裏手に入った静かな路地にひっそりと、その「ものがたり」はある。ここは日本そして世界各国から文化人たちが集まり交流する隠れ家。端正な町屋の玄関先に吊るされた提灯に火が灯り、今夜も「ものがたり」が幕を開ける。一階の格子扉を開けると、そこには吹き抜けた坪庭がある。この「ものがたり」のために創造された光の坪庭が、世界の息吹を感じさせる。まるで演劇の舞台のように、坪庭の中で時間が流れていく。そこには、すべての宇宙を表現する「森羅万象」があり、日本の四季を表現する「花鳥風月」がある。
破[HA]
階段を上がると、目の前に静謐(せいひつ)なバーカウンターが広がる。その中に、生けられた花のように鮮やかな着物を身に纏(まと)った店主がいる。
「おいでやす」
店主は客人たちに、京都由来の酒を振舞いながらもてなす。京都の茶人、陶芸家、着物職人、料理人らが酒を酌み交わし、そこに東京や日本各地から来た小説家や画家、実業家が加わる。夜が更けると、海外から来た俳優や歌手、映画監督が合流し、皆が坪庭を眺めながら「時を忘れて」語り合う。
急[KYU]
夜が更けていくと、次第に芸妓たちが集まってくる。三味線の音が鳴り、舞が始まる。坪庭から射し込む霧のような雪のような光に包まれて、夢のような夜が過ぎていく。
歴史や時間から、物語は生まれてきた。ここ「ものがたり」では、過去と現代、東洋と西洋が混じり合い、新たな物語が生まれる。そして朝になる前に、客人たちは帰っていく。
物語がそうであるように、それが終わった時、目の前にはまるで違う世界が広がる。

HISTORYからSTORYへ。古の文化人の物語を受け継ぎ、新たな物語を紡いでいくサロン
「京都の中でもとりわけ大切に文化が守られてきた祇園には、100年、200年という長い時間感覚で物事を見つめている人たちがいる。そんな街で交わされるコミュニケーションには、美しい余白があるように感じます」
小説家でフィルムメーカーの川村元気さんがそう話す。企画を務めたNetflixのドラマで祇園の文化に興味を持った頃、とある町家を建て直してサロンを開く縁に恵まれた。
「京都は、紫式部や千利休といったクリエイターが歴史を紡いできた町。そして今も、古(いにしえ)の物語を受け継ぎながら、新たな物語を創ろうとする同世代の方々がいる。僕も含め、東京が忘れかけた文化が息づいているんです。この町でなら、東西のカルチャーが再び集まる場所ができるのでは、と思いました」
川村さんが空間作りを託したのは、ニューヨークを拠点に活動する建築家の重松象平。そして、川村さんが「彼が創る森羅万象のような光に憧れる」というアーティストのオラファー・エリアソン。2人への依頼を、川村さんは「脚本を渡す」という形で行った。
「ここにどんな人が集い、会話が生まれるのかを『祇園物語』という脚本に描き、そこから自由に発想してほしいと伝えました」
かくして2025年春に完成したのが〈祇園ものがたり〉。通りに面した格子戸を開けた瞬間、いつかどこかの物語へと誘われる。中央には「坪庭」に見立てた吹き抜け。周囲を3層のフロアが取り囲み、空間全体を、エリアソンによるインスタレーションの光が、霧のように、雪のように、ゆっくりと舞う。

「重松さんが設計したのは、各階がスキップフロアで緩やかに連続する空間構成。各シーンが単独で存在するのではなく、次へのつながりを内包しているという構造は、まさに映画や小説の物語と同じです。そして、それらのシーンを光で演出したのがオラファー。最上階にある光の投影機を見上げると、映写機にも見えてきます。
まるで映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の世界。吹き抜けのあるハコのような空間で光の作品を眺めていると、映写室の中にいるような感覚に包まれるんです。一人の映画人が書いた脚本を、2人が想像を超えた形で表現してくれた。そのことに胸を打たれます」
京都を訪れ、ここで過ごす日は、いつも時間を忘れてしまう、と川村さん。
「オラファーの坪庭を眺め、会話に興じていると、時間を超えて町や人とつながっていることを感じることができる。大切な瞬間です」

Olafur Eliasson, The nowhere garden, 2024;Commissioned by Gion Monogatari © 2024 Olafur Eliasson

Olafur Eliasson, The nowhere garden, 2024;Commissioned by Gion Monogatari © 2024 Olafur Eliasson
「古今の物語が交わる場所に、余白はある」
川村元気

