松平定信ができるまでに密着
「城内のセットはもちろん、文化財級の調度から衣装やヘアメイクまで、“本格・本物”の中で芝居をさせていただけるのは大河ドラマならでは。その時代を想像して役に入り込むうえでも助けていただいています」
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で、第11代将軍・徳川家斉の下で老中首座を務めた松平定信役の井上祐貴さんが、こう語る。
現代の俳優たちが演じる江戸の侍や町人の姿が、めっぽう自然で生き生きと見えるのはなぜだろう。『べらぼう』でそのリアリティを支えている鍵の一つは、間違いなくかつら。細部までくっきり映す4K放送でも、CG処理は部分的に行うだけ……という驚愕の完成度は、例えば羽二重(かつらの下地)と地肌を境目なく見せるというような、特殊メイクによるところが大きいのだ。
『べらぼう』特殊メイクチームの平瀬絵美さんは、井上さんの特殊メイクを手がけながらこう話す。
「額から頭頂部へと剃り上げた部分を月代(さかやき)といいます。従来は布の羽二重を頭に巻き、その上にメイクをして月代を作りましたが、撮影しているうちに布と肌の間が割れ、メイク直しに時間がかかってしまう。そもそも布ベースでは高解像度映像に対応しきれません。そこで数年前に考えたのが、ラテックスの皮膚で頭を覆う“坊主メイク”の応用でした」
さらに2年前からは、『べらぼう』に全振りした技術を研究。クランクイン半年前にようやく、「演者の頭に合わせて作ったシリコン製の羽二重を付け、地肌との境界に医療用の人工皮膚シートを重ねる」という方法に辿り着いた。まず強い。長時間収録してもヒビ割れない。本当に剃っちゃったの⁉と二度見するほど生っぽい皮膚感にもびっくりする。
このリアリティを生み出しているのが、肌の部分をスポンジではたいて細かい凹凸を出す「粒付け」や、刷毛で色を散らす「とばし」といった、職人的な手ワザなのも粋の極み。チームを統べる江川悦子さんは言う。「映像の質が上がっているのだから、私たちも全力で進化し続けなくては」
そんな特殊メイクを終えてかつらを着け、松平定信になった井上さん。この武骨な男をどう演じるのだろう。「今までは、寛政の改革を推し進めた厳格な人という印象を持っていました。ところが史実を調べるうちに、ものすごくオタク気質な一面もあったことを知りました。『源氏物語』は生涯で7回も全巻書写したそうで、オタクとしての知識も膨大で……」
そんな一面も踏まえて演出やプロデューサーと相談し、生まれたのが「早口」という定信像。
「几帳面で真っすぐで、何事も突き詰める性質は口調にも表れるのではないかな、と。厳しい物言いも、洒落本や黄表紙などの娯楽を取り締まる行動も、世の中を良くすることを真剣に考えた結果、自分がそう動くのが最善だと信じたからだと思うんです。本当は黄表紙が大好きで作者へのリスペクトもあったし、趣味に没頭する時間も欲しかったんじゃないか。“堅物”だったのは確かだろうけれど、だからこそ、人間味あるシーンは大切に演じたいと思います」









