江戸城内ができるまでの4日間に密着
2025年6月某日、日々大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の撮影が進められるNHKのスタジオを訪れると、そこはガランとまっさらになっていた。20人ほどの大道具スタッフが入ってきたことを皮切りに、次々と搬入される大量の箱馬や平台。たった4日間で、主要な舞台の一つ、江戸城内のセットを完成させるという。
「通常のドラマの現場では、一度設(しつら)えたセットで撮影を続ける場合がほとんどだと思います。でも大河ドラマには、長年蓄積してきたセットのパーツがあり、補修や塗り直しをしながら使い続けていて。だから短期間で大規模な“かざり替え”ができるんです」とは、セットの設計図を描くチーフデザイナーの神林篤さん。
軽微な調整も含めれば、1週間に10回以上のレイアウト変更を繰り返しながら、撮影が進むのだとか。1日経たぬ間に土台ができると、柱が立ち、部屋の片鱗が見えてくる。ここで特筆すべきは、その規模感だ。
「序盤の舞台となった吉原と江戸城内とで、天井高や柱の太さなどに意図的に差をつけています。例えば引手茶屋〈蔦屋〉や蔦重が最初に構えた五十間道の本屋〈耕書堂〉のセットでは天井をあえて低くかけ、城内の4m近い天井高を際立たせている。立派さが伝わる造りにして、舞台が庶民の暮らしから国の中枢へ変化したことを、視覚的にも表しています」

2、3日目に運び込まれたのは、華やかな絵柄が施された天井や襖などの建具。「京都御所を参考にしたり、江戸城の専門家に話を聞いたりしながら、設計を進めています」と神林さん。大河ドラマでは頻出の江戸城だが、史実に基づきつつも物語の運びに応じて当然表現は変化する。
「例えば、裏で政治を牛耳る存在であることを暗に示すために大奥の部屋をとりわけ煌(きら)びやかに設えたり、将軍の部屋と対比的に老中の御用部屋を質素に飾ったりしています」
4日目には作庭や小道具のセッティングが進められ、250年前にタイムスリップしたかのような豪華絢爛な江戸城の空間が出現。ここから数々の名場面が生まれるかと思いきや「明日にはまたレイアウト変更を予定している」とのこと。作り続け、収録し続ける。大河の世界は、密なチームプレーで形作られていた。
セット全景
空になったスタジオにセットが運び込まれ、かざり替えスタート。箱馬や平台、瓦などのパーツ類はいずれも軽さを重視した造りになっており、大道具スタッフへの負担を減らしている。天井部分はスタジオ上部からロープで吊り上げ、地上との連携プレーで設置。
知保の方の部屋
高梨臨さん演じる、第10代将軍徳川家治の側室の知保の方が大奥内に持つ居室も、4日にして完成。天井や襖に豪華な絵が施された華やかな設えに。なお局内には“叩き場”と呼ばれる大道具製作室があり、急な修正にもクイックに対処できる。
御休息之間
将軍の寝床にあたる御休息之間には、豪華絢爛な小道具が随所に配される。寝具に掛け軸、すだれ、屏風、枕元の道具のほか、画面にはほとんど映らないような畳縁のデザインに至るまで、高貴な将軍の部屋ならではのあしらいが施されている。
廊下
華やかな建具が全面に配された江戸城内の大廊下。襖に施された絵は、造画チームが、過去の資料を参考に手描きで仕上げ、デジタルデータにしたもので、高画質の4K放送を介しても本物と見紛う美術品のような完成度を誇る。
中庭
松の樹形を庭やセットに合わせるため、枝一本一本の向きまで調整が進められていく。塀の外に見える屋根は「写真遠見」と呼ばれる幕に映ったもの。架空の建物をCGで作成して作られたもので、劇中で遠景の建物を背景として見せている。
















