東京で叶えたいこと、東京だから叶えられること。Vol.1 “これからの農業”のスタート地点をつくる

植物工場と聞いてどんな様子が思い浮かぶだろう。紫色の光に照らされた水耕栽培のレタスが並ぶ姿?そんなイメージと異なり、たわわに真っ赤なイチゴが実り、受粉役のハチが白い花の間を飛び交う。こんな光景を実現させたのが、古賀大貴さんがアメリカで創業した「Oishii Farm」だ。すでに北米で成功を収めたその次のステップとして、東京での研究所設立もいま準備が進む。農業の未来を変える『コア』となる技術へのチャレンジが、東京で始まっている。

photo: Jun Nakagawa / text: Hirokuni Kanki

高級レストランで味を認められたイチゴが、今では家庭の食卓に並ぶまで安価に

MBA取得のために20代で渡米した古賀さんは、ある日、大型スーパーに並ぶ色とりどりの野菜を見て感心する。しかし、買って帰って食べてみると大味で、見た目に反してあまりおいしくない……。その理由は、日米における生産方法の違いにあった。

「アメリカは国も大きいから、物流もすごく大変。基本的には、より多くの品をより安くつくる『大量生産・大量消費』が正義でした。それに対して、日本のものづくりは戦後間もないころから品質にこだわってきた。これは食べ物だけではなく、自動車や家電製品だってそう。すごく敏感な消費者の評価に耐えうる商品を、生産者たちは生み出してきたのです」

Oishii Farm 代表・古賀 大貴のポートレート
「Oishii Farm」を率いる古賀大貴さん。東京に研究開発拠点を建設中の現在、日本とアメリカを忙しく行き来している。

「世界でミシュランレストランが最も多い都市は東京ですが、やはり農家さんがそうした店に対して満足してもらえる品質の野菜や果物をつくっている。世界一レベルの高い市場だと思いますよ」

もし、日本市場レベルの青果をアメリカで売れたら、競合他社は存在しない。輸送コストの節約はもちろん、フレッシュさも品質のうちと考えるならば、現地生産に限る。そこで、日本と同じ気候を再現する方法として「植物工場」の建設を思い立った。「Oishii Farm」が最初に選んだのはイチゴだった。

工場という言葉には、どうしても自然ではないイメージが付きまとう。しかし、英語では「vertical farm=垂直農場」と呼ぶように、限られた資源をテクノロジーで最大限に活用し、農産物に快適な環境を実現することで、おいしさを最大限に引き出す生産法なのだ。

「今の農業自体、実はまったくの自然な方法ではありません。品種改良を続けてきた種を、グリーンハウスという人工的な環境の中で育てていますから。むしろ、植物工場では無農薬で育てることもできます」

現在、日本市場で流通している高品質なブランドイチゴは、プロの生産者が試行錯誤して工夫しながら作られている。

「今日はこんなに温度が高いから、もっとハウスを開けて涼しくしようとか、あげる水の量はこれくらいにしようとか、長年の経験と勘で取り組まれているわけです。それが植物工場の環境だと、日中の温度はこれくらいにして、夜はここまで下げるとおいしくなるという答えが出ていて、イチゴにとって最適な環境を100パーセント再現できるのです」

「Oishii Farm」のイチゴ

「Oishii Farm」のイチゴは当初、1パック50ドルという高級品だった。しかし、NYのミシュラン星付きレストランなどに品質が認められ、数々のメディアで話題になり生産量が増えた結果、価格も抑えられていく。

その後、生産量が10倍になる大規模農場も開設。近年ではセンサー技術やロボット制御などの自動化による次世代植物工場「メガファーム」も本格稼働させた。徐々に低価格帯のラインナップも生産できるようになり、1パック7.99ドルのイチゴも扱えるようになった。最先端テクノロジーを植物工場に導入しながらもユニークなのは、イチゴの受粉をハチが手がけている点だ。

「今、イチゴの受粉率は95%で、生産当初に比べて5倍の実がつくようになりました。もし、受粉率が6割にまで落ちてしまったら、その途端に赤字です。イチゴの受粉って本当に難しくて、白い花の中心部にある黄色い場所は、ほんの数ミリしかありません。自分も手作業で受粉させてみましたが、ちょっとでも偏ると変な形のイチゴができてしまう」

「ロボットにやらせても、まだ採算性が取れるレベルの成果は出ません。これを完璧にできるのがハチなんですね。しばらくの間は、ハチさんたちの力に頼ることになります」

土地が限られても、効率的な農業をやれる時代になっていく

創立から8年のOishii Farmは、社員数200人を超える。ニューヨークだけではなく、シカゴやワシントンD.C.、テキサスにまでいたる何百店舗のスーパーで、毎日欠かさずイチゴを販売できるビジネスを展開している。

そんなアメリカンドリームを実現させた古賀さんが、次は生まれ育った東京をアグリテック(農業技術)の研究開発拠点にすべく、多摩地区の羽村市にオープンイノベーションセンターの設立を準備中だという。生産地よりも消費地のイメージが強く、あまり農業の印象はない東京。どうしてここを選んだのだろう。

「植物工場を支える二大技術であるグリーンハウス農業と工業において、日本は世界トップレベル。まず国内にはグリーンハウスに適した品種がたくさんあります。また工業では、特に、空調技術やロボティクス、IoTなどの分野でも強みを持っているんです。東京に研究開発拠点を置く理由としては、各企業との連携や採用のしやすさがありました。東京周辺のアカデミア(教育機関)との連携のしやすさも挙げられますね」

東京・羽村市のOishii Farmオープンイノベーションセンター
東京・羽村市のOishii Farmオープンイノベーションセンター。以前は物流倉庫だった1万5000㎡の建物を転用。生産工場としてではなく、研究開発拠点として植物工場技術の向上とコスト削減、他の作物への展開を協働で目指す。

さらに、「Oishii Farm」がアメリカで複数の工場を立ち上げてきた経験から、地元自治体の理解とサポートの必要を認識している。強いリーダーシップを持つ東京都が自治体との連携支援を図るほか、助成金をはじめとしたサポートをする点もありがたいと語った。

古賀さんが東京で叶えたいこと。それは、会社を起こしたときに描いたビジョンそのものだ。

「今の農業をこのまま続けても、供給をこれ以上は増やせません。リソースが足りないし、人も足りない。それなのに、世界的に見ると人口は増えていく。『生鮮野菜と果物はお金持ちしか食べられない』という未来はもう来ていて、冷凍食品にしかありつけない人がいる状況が生まれています。世界中の人々が『現在と同じような価格で、今よりおいしくて新鮮なものを食べられるようになる』。そのために植物工場で革命を起こしていく。それが僕たちのビジョンです」

農業を変える「コア」となる技術が、これから東京でどんどん生み出されていく。「東京でずっと生まれ育ってきた人間として、これはすごくエキサイティングなことだと思う」と古賀さんは言葉に熱を込めた。

「東京という街は土地が高いから、どうしても農業の面で不利でした。でも、これからは違います。植物工場の技術では、少ない土地でも大量の野菜や果物を生産できることがわかりましたから。土地の広さよりも、エンジニアリングやイノベーションの力が圧倒的に重要になる時代が来るでしょう。優秀な人材がいたり、いろんな企業群が集積していたり、という条件が整う東京は、まさに研究開発ではベスト。農業という枠を超えて、人類の安全保障を変えていくスターティングポイントが東京になる、と言ってもいいかもしれません。今、私たちは時代の面白い転換点にいるのだと思います」

2025年5月、アジア最大級のスタートアップカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2025(スシテックトウキョウ)」でも、古賀さんは登壇している。これは“サステナブルな都市をテクノロジーで実現する”という理念で東京都が主催しているもの。スタートアップへの様々な支援が進められているこの東京という舞台で、“次のOishii Farm”が生まれる日も近いのかもしれない。

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