たった一人であの山の先へ
2022年春、日本の登山界を一つのニュースが駆け巡った。稚内(わっかない)宗谷岬から襟裳岬まで、北海道の分水嶺となる山岳地帯を一人の若者が完全踏破したのだという。
北海道の山は標高2000m前後ではあるものの、緯度が高いため、自然環境の厳しさは本州の3000m級の山に匹敵するとされている。さらには、宗谷岬から襟裳岬まで山岳地帯の稜線をつないで踏破するとなると、実歩行距離は700km近くにもなる。
最も驚くべきは、それが冬に、一人で行われたということだ。強風、雪崩、極低温……。なにかあれば即、遭難に至る場所であり、自然の厳しさで言えば、ヒマラヤの山にも引けを取らない。それほど過酷な厳冬期の北海道分水嶺縦断。きっかけとなったのは一冊の本だった。
「かつて同じようなことをやった人の本を読んだんです。その人は分割して踏破していて、一気に歩き通したわけではなかったんですが、“これを一人で一気に歩き通すことができたら究極だ。これからの若き岳人に期待する”みたいなことが書いてあったんですね。じゃあ、やってみようか……と」
そう語るのは野村良太さん。現在は北海道を拠点にした登山ガイドとして活動しているが、当時は大学を卒業したばかりのガイド見習いの立場。折悪しくコロナ禍で仕事がほとんどなくなってしまい、ならば、それを逆手にとって時間がかかることをやろうと考えたのだという。

21年3月、最初の挑戦に出発する。このときは襟裳岬からスタートする北上作戦。しかしいざ山に入ると、深い雪に行く手をさえぎられ、下り斜面はカチカチに凍りついている。少しでも気を抜くと滑落が待っており、思うように進めない。とどめは暴風でテントが破壊され、襟裳岬から100kmも進んでいない12日目、早くも心が折れてしまった。
もはや一歩も動けない。肉体の限界が訪れる
野村さんは計画を練り直し、1年後の2月26日、今度は宗谷岬から南下するルートで、再び分水嶺縦走に出発した。

一度失敗を経験しているだけに、今度は順調に進んでいくが、10日を過ぎた頃から異変を感じ始める。
「精神的に追い込まれてきたんです。それまで自分がやったことのある登山は長くても2週間くらいまでで、それくらいであれば想像ができるんですけど、今回は60日超。この先どうなるのか、そんなに長いこと歩き続けられるのかわからなくて、先のことを考えると不安しか感じられなくなってきてしまったんです」
野村さんは考えることをやめた。「未来を想像しないように」、自分の心を自分で抑え込む。意識的に目先のことしか見ないようにすることで、精神の安定を保つようにした。
しかし1ヵ月を過ぎた頃から、今度は肉体的な限界が訪れ始めた。
「体に蓄えられていた脂肪とかのエネルギーをこの時点で使い果たしたんだと思います。これ以降は、食べた分しか動けない日々が始まりました。朝食を食べて出発した直後は普通に動けます。ただしある時点で突然プツッと体に力が入らなくなる。行動食を少し食べるとまた動けるようになるんですが、1時間後くらいにそのエネルギーが切れるとまた動けなくなる。その繰り返しで、毎日、午後は体を引きずるようにして歩いていました」
「飢餓にさいなまれ」ながらも歩き続け、出発から63日目の4月29日、ついに襟裳岬に辿り着いた。ゴール後に野村さんは温泉で自分の体を2ヵ月ぶりに見た。それは鶏ガラのように痩せ細っていたという。
「こんなに苦労してなにが面白いのかと思われるかもしれませんが、長く山を縦走してきて振り返ると、自分が歩いてきた稜線が奥の方まで見えるときがあります。自分の軌跡が視覚的な成果として表れているようで、その瞬間がたまらないんです。それを求めて僕は山に行っているのかもしれません」

野村さんの冒険を感じる旅先へ

国道273号上にある峠。峠を貫くトンネルのすぐ脇に展望台とカフェがあり、誰でも北海道の雄大な山岳風景を望むことができる。「登山をする方であれば、2時間ほど山道を登ると、北海道大分水点の石碑を見に行くこともできます。ここが北海道の中心なんだなと感じてもらえると思います」(野村)

