テーマ:恋
切実な感情をどう切り取るか。
山田航
まずは“恋”から。万葉集の時代って、臆面もないくらいストレートな恋の歌が多いですよね。現代だとアイドルの歌に近いと思います。なので返歌では、一点突破でストレートな形式で作ってみました。
東直子
当時は天然痘が流行していて、平均寿命は30代くらい。だから命や病、恋に対する体感も、現代人のそれとはまるで違うはずですよね。告白代わりに短歌を贈るなんて今はなかなかできないですけど、当時は必然的だったと改めて思いました。
山田さんの返歌は、古典のストレートな表現をもう一度再評価する構成で新しい歌を作られていて、ヒマワリの固定的なイメージを裏切った使い方がうまいですね。
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(本歌)雪舟えま
すきですきで変形しそう帰り道いつもよりていねいに歩きぬ
(返歌)東直子
隠れ家にからまっている緒にふれる弁当箱の内にふる雪
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(本歌)坂上郎女
夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものそ
(返歌)山田航
告げたいのか告げたくないのかわからない気持ちはいつも夏の向日葵
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(本歌)狭野茅上娘子
君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも
(返歌)山階基
かいつぶりひたすら水を蹴るさまをばねのごとくに胸へおさめる
テーマ:旅
自分の居場所からの出発と帰省。
タブーも超える想像力。
山階基
“旅”が一番難しいテーマでした。旅って何だろうと考えてみると、日帰りでも旅行というけど、じゃあ新宿−池袋間の移動は旅なのか?とか。でも「帰る」ということがカギだと思いました。
つまり普段の自分の居場所ではないところに持っていかれるような経験だろうと。なので、平日の昼間に家に帰ったら家族が誰もいなくて、普段とは違う知らない場所のように感じた、という島田幸典さんの歌を選びました。
東
確かに難しいですね。でも“まるで旅をしたような気持ち”という感覚ならわかるなあと思って、私は岡井隆さんの歌を選びました。
もし私が母親の原野のような内面世界に入り込めたとしても、鉛の兵みたいな重たい存在にしかなれないという歌です。返歌では、母親になり代わって応えるような形で作りました。
山階
東さんの返歌の「原野の底の赤き地下水」は、親と自分の体に同じ血が流れていることや、赤が血の、鉄の色なので、本歌の鉛という金属のイメージと響き合うように感じました。
山田
僕は、非常に壮大な旅の歌を選びました。というのも、以前、国立天文台の先生が「万葉集には星の歌がほとんどない」とおっしゃっていて。
星は死者の魂と考えられていて縁起が悪いと疎まれたとか。そんな中で星を詠む数少ない歌人が人麻呂なんですよね。
人麻呂がこの歌を作ったことで、古代でも日本語の想像力の幅が急激に広がった部分はあるんじゃないかな。
東
人麻呂は今読むと新鮮さがありますね。宮沢賢治が銀河鉄道という言葉を生み出したことによって、そのイメージが刻まれたように、例えば今みんなマスクをして歩いてますけど、普段あまりマスクをしてなかった時代の感覚にはもう戻れない。
今時代が大きく変わっていく中で、自分の感覚を短歌で刻むことによって、失っていく言葉で踏みとどめることはできるのかなと思います。
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(本歌)岡井隆
母の内に暗くひろがる原野ありてそこ行くときのわれ鉛の兵
(返歌)東直子
身体から身体が生まれ橋をわたり原野の底の赤き地下水
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(本歌)柿本人麻呂
天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ
(返歌)山田航
影もたぬ銀河飛行士うつろなる旅として立つ青き月面
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(本歌)島田幸典
平日の昼間の家に帰りきて誰もおらねば旅するごとし
(返歌)山階基
帰りたいのは夢の冬あなたともひとり旅するような食事を