規模、個性、共に東海地方随一の植物祭へ
春の陽気を感じる3月末の週末。愛知県名古屋市の閑静な住宅街の一角にある植物店〈坪井健樹園〉の前には、早朝から200人ほどが行列を成していた。彼らの目的は、敷地内で開催される『樹祭』に参加すること。各地から個性豊かな植物店が集うオールジャンルの即売イベントだ。
「2016年から、春先と秋口の年に2回のペースで続けています。当初は、関東にも関西にも負けない植物カルチャーを名古屋から広げたいという思いで県内や東海地方の植物店を募っていたんですが、気づいたらエリアに関係なく面白い出店者が増えてしまって（笑）。今回は過去最多の24店が集まりました」と主催の〈坪井健樹園〉店主、坪井孝徳さんは話す。
そんな『樹祭』を目がけ東京からやってきたのがグラフィックデザイナーの森敬太さん。話題のブックデザインを手がける傍ら、仕事場でサボテン約50株をLEDで育てる珍奇植物愛好家でもある。
「イベントなら東京の五反田で定期的に開催される『サボテン・多肉植物ビッグバザール』には時々行くんですが、『樹祭』は今日が初めてです。植物がずらっと並ぶイベントならではの光景を目にするだけで、気分が高揚しますね」
会場は2つのハウスと屋外の計3エリアからなる。まずは〈SPECIES NURSERY〉や〈SABOSABO STORE〉ら、『樹祭』では馴染み深い12店が集まる第1ハウスへ。サボテン好きの森さんが足を止めたのは、愛知県春日井市の老舗サボテン園〈GOTO SABOTEN〉のブースに並ぶ、紫太陽の前だ。
「7年ほど前に、この紫太陽を1株買ってみたのが植物にハマるきっかけでした。普段デザイナーとしてビジュアルを作る仕事をしているからこそ、かえって自分の手ではコントロールできない自然ならではの造形に強く惹かれて。気づいたらあれもこれもとサボテンばかりが増えてしまい、もう置くスペースがない（笑）。だから今日は買うのはこらえて、いろんな植物を眺めて楽しみたいです」
珍しい種を追い求めるより、仮に普及種であっても佇まいの良い個体を見つけるのが森さんのスタイル。「一度に出会える植物の総数が多いイベントでは、同じ種同士を見比べながら意中の一株を選べるところも楽しい」とのこと。大ぶりな幹のデンシフローラムや、石を組み合わせて自生地の様子を鉢上で表現したハビタットスタイルの晃山には、いろんな角度から顔を近づけじっくり観察していく。
「特に晃山は1属1種で、唯一無二の造形を持っているところがカッコいい。僕も何株か育てています。種ごとに惹かれるポイントはさまざまですが、サボテンや塊根（かいこん）系は劇的に生長することがない分、元から大きくてどっしりしているものにグッときます」
新たな領域に手を伸ばすなら「ビカクシダが気になる」という森さん。続いては愛知県内に拠点を持ち、着生シダ販売のパイオニア〈日々の、〉のブースで足を止め、立派な板付の数々を見上げる。
「デカくて迫力があるというシンプルな理由で惹かれています（笑）。このプラティケリウム ウィリンキーという品種の、白くて青みがかっているところがいいですね」
パキポディウムの定番、デンシフローラムの中でも森さんが気に入った個体。独特の佇まいに惹かれた。 
〈坪井健樹園〉では年に1度、日本では流通量の少ないディッキアに特化したイベントも。 
2日間にわたり開催された『樹祭』。1日500名程度が来場。 
第2ハウスにブースを構える〈ふたむらプランツ〉。ティランジアなどのブロメリアを中心に取り扱う。 
晃山を手に取った森さんが取り出したのは自前のメジャー。「僕にとってはイベントの必須アイテム。栽培スペースが限られているので、買う前のサイズ確認が欠かせません」 
タイ〈Otto Bromeliad〉より主宰のオットーさん。エクメアのオリジナル品種「オットー」の作出でも知られる。
多彩な顔ぶれの中には、タイ屈指の園芸家の姿も。
初出店者も多い屋外エリアで〈植物屋 ohraku〉のガステリア群や、〈高見澤園芸〉のスーパーバリダをチェックしたら、続いて第2ハウスへ。ひときわ人だかりができていたのは、この日のためにタイから来日した世界屈指のハイブリッドディッキアの育種家〈Otto Bromeliad〉のブースだ。ディッキア愛好家たちが、主宰のオットーさんと言葉を交わしつつ吟味するさまに「生産者と直接コミュニケーションが取れるのはまさにイベントの醍醐味」と森さん。
「育て方のコツを聞いたり、親株の写真を見せてもらったり。会話を経て買うことで、その植物への愛着も一層深まる気がします」
場内を回り終えたら、もう一度気になった植物の元へ。意中の個体はあらゆる角度で観察。何時間でも目を奪われる森さんだった。
